2019-04-06

ベニスビーチには神様がいっぱい。



はぁ〜ヤシの木が高い高い! 空が青い青い!
そして実はちと寒い、ベニスビーチに行ってきました。

何やらスケボーのバンカーのところで撮影があってます。
モデルさん、すんごい薄い格好で音楽に合わせて踊りながらパシャパシャ写真撮られてるの。仕事ってのはなんでも楽じゃないんやね。



昨年だったっけ、マリファナが合法化されたカリフォルニア。まぁ売ってるし臭ってるし。
ワクワクする人はするだろうし、しない人はしない。そんな感じ。

ビーチには、神様がたくさん舞い降りてきてました。
神様は一人で歌ってたり、お友達とたむろしてたり、
ワンコと一緒に寝転んでたり。
髪飾りをつけた神様を隠し撮りしてきました。


記念撮影もしておく。


どことっても絵になるさね。


ランチを食べて、コストコへ。
何を見ても勉強になります。


そしてこの日の夜は女子会〜
今回出会ったちあきちゃんと、以前日本でともちゃんが糸島に連れてきたしょうこちゃん一家。
まずは、おつかれさんのビールから。









































































日本であった時はまだもう少し小さくってみんなで花火したね〜
って楽しい思い出も交えながら、
LA女子会の夜は更けていったのでした。



LAでの日常

3/20 午前中、近くで雹も降ったらしい。
カノンちゃんのお友達が空から氷が降ってきたって言ってた〜と教えてくれた。

お昼は近くのコリアンレストランでスンドゥブを。
まぁ、十年以上も住んでいると、近所の美味しいところよく知ってること!



ご飯が済んだら近くのワインショップへ。
並んでる並んでる。
いいなぁ、こんなお店が近くにあって。





この日は、ともちゃんが午後からパン教室のお仕事だったので
カノンちゃんと二人でお留守番。夕ご飯も作っておいてねと言われ、まだまだ時間あるからと二人で近所の公園へ。
行く道すがら、次に住むお家はどんな感じがいい?とか
学校はどんな風?だとかたわいもない話。





フランスでノエミちゃんやアンナちゃんと過ごした時間、
トルコで言葉通じないけど友達の子供と戯れた時間、
姪っ子や友達の子供たちと過ごす時間は、
私にとって宝物のような時間なのです。
みんなそれぞれの場所で、素敵な大人になっていくんだろうな。

公園で二人で一緒に泥コン子になって遊んでいたら、
ママが帰ってくる前にご飯が作れず!
カノンちゃんと一緒にロールキャベツ作ろうね!っていってたのに、彼女の宿題が終わらない!
結局ともちゃんに手伝ってもらいながら、ロールキャベツ完成!



前日には、カノンちゃんが日本からのお土産キットで、寿司を作ってくれました。
ハチマキが!



夜、ご主人の ちあっちが帰ってきてから、またもや飲むわ飲むわ。
20年前は、毎朝 海に行こうと誘いに来てくれて
毎朝毎朝 一緒にサーフィンに行っていた。
よくぞこの脳みそまで筋肉で出来ているような体育会系の彼について行けてたもんだと今更ながら自分に感心。
懐かしい話や、これからの話、何を話しても話は尽きない。



ついつい夜更かしして、ともちゃんにいい加減にしてくださいと叱られる始末。
ついでに転んで、上唇が大腫れ。そうか、私の顔で一番出っ張っているのは上唇だったんだ。なんせ平たい顔の民族ですからね。




2019-03-31

Hollywoodへの道

もちろん渡航する前にガイドブックを買った。
しかし、初めての場所は見ても読んでもその街のムードや空気感などさっぱりわからないので、ピンとこない。

今回のLA行きで、たった一つだけやりたいことがあった。
 Hollywood のサインの前で写真を撮ること。

二日目の朝 起きていくと
リビングのともちゃんが、
「マコピン、今日はHollywoodのサインのとこまでいくよ!」
「え〜〜!なんで知ってるの?!今回の旅でしたかったのよ!」
「さ、これに着替えて。もうすぐ友達のちあきちゃんがやってくるから。」

朝ご飯を済ませ、外の空気を吸いに道路に出てみると、キャップを深々とかぶり手には大きな麦わら帽を持つ謎のアジア人女性が近づいてくる。
あ、アパートに入っていった。
部屋に戻るとその謎のアジア人女性が立っている。
「私のベストフレンドのちあきちゃん!」



Hollywood signの麓まで車を走らせ、いざ登頂。



一度登った後の今、落ち着いてこの地図を見ると、あ〜なるほどね〜となるのだが、
登りだしたら、ほぼ感で登った私たち。
登り口の松の木には、人の頭ほどもあろうかと思われる松ぼっくり。
これ、落ちてきたら痛いだろうな。



渓谷には厩もみえる。



そしてただひたすら、このバサバサした道を登る、登る。



途中でパピコにそっくりなワンちゃんにも会いました。



山を登ること1時間半、やっと見えました!
もっと近くまで行けるんだけど、もうこれで充分!



同行してくれた体育会系 謎のアジア人女性二人。



あぁHollywoodまでの道は遠く険しいのです。



明日の筋肉痛が怖くなる山道、もうお腹はペコペコ。
疲れた体も手伝って、これまでに食したことのない素晴らしい味の冷麺を食べました。
あまりの美味しさに日本にもお店が出来たそうです。



2019-03-30

やっと着いた。

ESATで体力をかなり消耗した私は、機内食にビール、ワインを大量に体に入れ、
LA行きの飛行機の中ではイヤホンのビニール袋を破ることもなく、ひたすら眠りまくり、
気がつけば、朝食が運ばれあっというまに到着した。

機内から着陸とともにLINEでともちゃんにメールする。
「ついたよ〜」
「待ってます〜」
と嬉しい返事、あの空港の扉を開くと待っててくれてるんだろうな〜
荷物を受け取り、さいよいよ久しぶりの再会だ!

ゴロゴロとカーゴを押しながら、ワクワクの胸を押さえつつともちゃんを探す。
いない。
あれっ?さっき待ってるって言ってたよな。
しばし周りを探してみる。
やっぱりいない。あ!外で車で待機か!外の道路に出てみる。
いない。
wifiが届くところに戻り、メールしてみる。
「どこにいるの外?」
「え〜〜〜?もう着いたの?早すぎ!」
バタバタと迎えに来てくれる。

やっと、着いた。
飛行機に乗る前にどれだけ大変だったかを説明し、
娘のカノンちゃんを学校に迎えに行ってSanta Monica ピアへ。
ここで太陽の光を浴びて、体内時計を確認させないと体が辛いことになる。

ルート66の最終地点は、毎日がSUNSET LIVEか〜い!という人混み。



























USAでやっと口にした食べ物は、学校帰りにあまりにお腹が空いたKANONちゃん希望の
マックのチキンナゲット。

夕暮れ時に、ブルワリーによって美味しいビールを。
バッファローウイングの味に衝撃!
(今日早速再現して、作ってみた。)



友人宅に戻り、おうちごはんで歓迎してもらう。
体育会系の夫婦に、マッチョなお友達も加わりまぁ飲むわ飲むわ〜
これからどんなもの見るんだろう?聞くんだろう?味わうんだろう?
ワクワクが止まらない夜だった。

2019-03-29

ESTAってなんですか?

その日の占いには、こう書いてあった。
3月18日先勝「明るい気分の日だけど、トラブルのある日。相手を批判しないこと。」
この言葉が、二三日前から頭から離れなかった。
3月18日朝目が覚めるとここ最近で一番体調が悪い。お腹は壊すし喉も痛くて風邪っぽい。これかトラブルは。
これくらいならどうにかなる。重たい荷物とパピコを車に積め実家へ向かう。

久しぶりの海外旅行。
お天気が良く、母に大橋駅まで送ってと頼むと、空港まで送ってあげるわと車を進めてくれた。時刻は午後1時 搭乗時間まで後3時間もある。
はやる気持ちを抑えつつ、空港の搭乗手続きカウンターへ。
ホスピタリティーの行き届いたスタッフが荷物を受け取り、PCで取ったチケットのナンバーとパスポートを確認し、
「ESTAはお持ちですか?」
「は?なんですか?それ?」
「数年前より、アメリカへの渡航者には短期滞在許可証としてESTAというものがいります。そしてそれがないと入国できませんし、私どもも搭乗手続きすることができません。」
「それってどうやってとるんですか?」
「通常は渡航の72時間前にとることとなっております。が、オンライン申請ですので早ければ2時間とかで取れたりもするみたいです。ただ、私どもの管轄外となりますので、、」
「どうやってとるんですか?」
「オンラインでESTAの公式ページに入っていただき、そこに必要事項を打ち込んでいきます。」
チェックインカウンターに立ったままそのエスタとかいうページを探す。身体中から汗が吹き出てくる。
カウンター越しのお姉さんにIphoneで探したESTAの公式ページの確認をし、そのままその場で打ち込み作業を始める。小さな画面での打ち込み作業は見にくいし打ち込みがしにくい。
今回のフライトは、16時に福岡を経ち、羽田へ。19:15発のLA行きに乗るというもの。
空港スタッフの方が、私に尋ねる。このチケットで羽田まで行ったとしてもESTAの承認がそれまでにおりなかったら今日の分のLA便はキャンセルして、また明日キャンセル待ちです。もしくは今ここですべてのフライトをキャンセルしてチケットを取り直すかです。
私は、ESTAの承認がおりることにかけた。一日渡航が遅れるくらいなんてことはない。と、自分に言い聞かせ、まだまだ続くESTA申請ページを打ち込む。

では、羽田までのフライトの30分前の15:30にまたここのカウンターに来てください。
そう言われ、バッテーリが落ちまくる携帯の充電をせねばと電源のある飲食店に入る。
あとはESTA承認のメールを待つのみ。
空港に着いた時には、この3時間どうやって過ごそうと呑気に構えていたのに今ではもう少し時間が欲しいくらいだ。
しかし、ダメな気がしない。
時間はLAのフライトの19時まである!

15:20にカウンターに戻る。
スタッフの方が、どうですか?ESTA承認のメールは送られてきましたか?
いいえまだです。
では確認のページがあるのでそこを開いてみましょう。
、、、
あ!承認されてます!
飛び上がった!カウンター越しのお兄ちゃんの手を取って!
行ける!

こうやって、今回のLAの旅は始まった。
朝からの体調の悪さは、もうどこかに吹き飛んでいた。






2017-07-07

荘和可のこと。



お店をオープンして間もない夏の日。
真っ黒な顔にたくさん白い粉を吹いたような顔でその青年はやってきた。
白いタンクトップに切りっぱなしのデニムの短パン。
ハーブティーを美味しそうに飲んでいる。
彼が乗ってきたグリーンのホロがかかっている白の軽トラを眺めながら
「あの車の荷台には何が入っているの?」
そう聞くと、うれしそうに車に駆け寄って中のものを取り出して持ってきた。
「僕ね、家じゃ粉がちって大変だから
 今まで海岸で、貝をグラインダーで磨いてたんだ!」
そう言って、磨いた貝でできたアクセサリーを見せてくれた。

貝には、そのなかに真珠層というのがあって磨いていくとその層にあたり、
美しい輝きを増すことを教えてくれた。

サザエを5mmほどに輪っかにスライスして磨き上げた指輪はとっても素敵なものだった。
「これ、うちの店で売りたいな。」
そう言うと、できたばっかりの指輪を置いて帰って行った。

その指輪は、たくさんの人が喜んで買って行った。

貝が大好きなサイトウさんもこの貝細工とこれを作る彼に魅了され
サイトウさんの70歳の誕生日に彼、荘和可もよばれた。
誕生日は、サンセットから鯛の塩釜焼きが運ばれ、当時バイトしてくれたえりちゃんに手伝ってもらって楽しく盛大に行われた。
この日、えりちゃんと 荘和可があった瞬間、私は二人の周りにピンク色のハートが見え
”おや?このふたり?”
と思った勘は的中だった。

貝殻細工がたくさん売れたお礼にと荘和可がワークショップをしたいと。
GW前半の連休。楽しいイベントだった。
そこで、再び出会ったえりちゃんと荘和可は付き合いだした。
まるで出会うことを心待ちにしていたかのようなカップルだった。

ワークショップが終わった後の庭のテーブルに
貝殻のかけらが置いてある。
よく見てみると小さなイルカ。荘和可の心遣い。



それから間もなく、えりちゃんと荘和可は結婚した。
すごくすごく嬉しかった。


結婚してから間もなく、彼は茅葺き屋根職人になった。
そのために大分に居を移すことになった時のえりちゃんの戸惑いったらなかった。
あっという間に前津江村に、田舎暮らしに魅了されて行った二人。
かわいいお嬢ちゃんも生まれた。

桜井神社の大神宮の茅葺き替えのときにお弁当を頼まれ
毎朝毎朝、そこへお弁当を持っていくうちに私はどんどん楽しくなっていき、
まるで毎朝恋人に会いに行くかのような気分でお弁当を運び、
神社に足を運ぶことがこんなに素晴らしいってことなんだ!ということを荘和可から習った。

式年遷宮の伊勢神宮へ屋根の葺き替えに行きたい。とつぶやきに来た日。
20年前でも20年後でもありえない、行っておいでと背中を押し、
見事その業務をなし得てきた彼は、ひとまわりもふたまわりも大きくなって帰ってきた。

彼が茅葺きをしている姿を見ていると、
あまりの美しさに涙が出そうになり、
二度目の桜井大神宮の作業の時に
「荘和可の仕事は、とても美しいよ。
 ずっと続けるんだよ。」
と、泊まっていた民宿までいってそう伝えた。

日本の美しい伝統文化である茅葺き屋根。
耐えようとしかかっていたその伝承を受け継ぎだした九州では最初の若手継承者だった 荘和可。前津江村の星だったんだろうな。

毎日楽しく茅葺きをしてるもんだとおもってた。
そんな彼が、先週屋根より高いところまで登って行ってしまった。
登っていく瞬間、彼は蝶のように羽が生えて空に飛び立っていったんだろうな。
そんなイメージが私の頭をよぎった。

7月2日、一年で一度桜井神社の岩戸が開く日。
朝の4時にその岩戸は開く。

この荘和可の話を、昨日お店にやってきたびわっちに話たら、
岩戸開きの日、早朝岩戸に参ってその後大神宮に行ったら蝶が飛んでいた。と
荘和可飛んできてたんだね。

そしてその日は、太陽が地球から最も遠いところに行ってた日。
太陽のような荘和可は、太陽の近くに行きたかったんだね。

お別れの儀式でえりちゃんが皆さんに向けて書いたお礼状を載せておきます。


荘和可の声が聞こえてきます。
なんだか、星野道夫と重なります。
そんなことを思ってお店の芳名帳をめくったらこんな言葉がありました。








2016-08-13

近江のおばあちゃんのこと





綺麗なきれいな近江のおばあちゃんが96歳で亡くなった。
琵琶湖のほとりの真珠の養殖をしている裕福なおうちの末っ子。
一番上のお兄さんとは20歳以上年が離れていて、
もうこれでよいということで、名まえは”もよ”さん。

美しいお嬢さんになったおばあちゃんは、姉の嫁ぎ先の弟さんで
八幡商人の名の下、東京でホアイトアスパラガスの瓶詰め加工食品で大いに成功していた青年実業家と結婚。
たくさんの使用人さんを抱え、おばあちゃんのお仕事はじゃんじゃんやってくるお札にアイロンをかけることだったらしい。

母が生まれ、おじいちゃんはあまりの可愛さに母をおんぶしてお仕事をしていたとか。
そのころ手に入れた七段のお雛様は、今も母の大事な宝物の一つ。

戦争が始まり、おじいちゃんはもれなく戦場へと旅立った。
母が3歳のころ、東京にも戦火が押し寄せ
何かあってからでは遅いとおばあちゃんのお兄さん達が迎えに来て
おばあちゃんと母は、近江八幡へ疎開する。

戦争は、おじいちゃんと東京のお家をおばあちゃんから奪った。
これからどうやって暮らしていくもんだかと
琵琶湖のほとりの島の渡合の川岸で、親子二人でぼーっとしていたら
とりあえずもよさん働きなさい。働き口は近江兄弟社がいい。
空きがあるか聞いてあげるから。
優しい助言と共に仕事口を見つけてもらったおばあちゃん。

それからは仕事仕事のおばあちゃん。
まだ小さかった母は親戚をたらい回し。といっても辛い思いはしたことがなく、どこにいっても可愛がられたので楽しかったんだとか。

近江兄弟社で働きだしたおばあちゃん。
創設者はウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
おばあちゃんはメレル先生と呼んでいた。
たまたま病気で席が空いていたところにいれてもらい、
その美貌から受付嬢に昇格。
メレル先生が、仕事中のおばあちゃんのポケットにチューインガムをそっと入れてくれるのがどれだけ嬉しかったのか、もう何百回と聞かされた。

メレル先生が、建築の部署を開設。
まだまだ時代は職場に女性を快く招かないこのころ、
メレル先生の「大丈夫大丈夫」の一声で、建築部門のメレル先生の秘書となる。

滋賀県の近江八幡では知らない人はいないヴォーリスさん。
もともと高校の英語の教師としてアメリカから赴任。
その根底にはキリスト教の普及もあった。
才能あふれる彼は、戦後の時代の波に乗り、
メンソレータムを始め数々の事業や社会活動をなしていく。
安土のとなり近江八幡の街は、キリスト教の信者さんが多く
街並みの至る所にメレル先生の功績がみられます。

そんな素晴らしい方のもとでお仕事させていただいてたら、
キリスト教への魅力も増していったに違いない。
そんなわけで、今回のおばあちゃんのお別れの会はキリスト教で執り行われました。
戦死したおじいちゃんは天台宗。おばあちゃんのお部屋には仏壇もありますが十字架も飾られてます。我が家ではたった一人のキリスト教信者。
いろいろ悩んだ挙句、両親はおばあちゃんの願いを叶えてあげたようです。

キリスト教のお別れの会は、おばあちゃんに会ったこともない牧師先生が、
何もかもわかっていますよという感じで素晴らしい会をしてくださいました。
お念仏の代わりにみんなで歌った讃美歌が私にはたまらなく
歌いながら涙が出てきました。

おばあちゃん今頃は、おじいちゃんやメレル先生に会えて
お花いっぱいの天国で過ごしていると思います。














2015-11-09

忘れたくないあれこれ。


2015年、忘れたくない出来事があまりに多いので備忘録。
1月下旬にピンで出店した博多阪急。
3月の「さくらいとしまつり」。
3月下旬から4月の頭にかけてのフランス旅行。
今思えば、20年ぶりの再会はまるで、かなこと咲子のようだった。

帰国してから全く気分が乗らなかった初夏〜夏。
6月末のある日に、今年は糸島でドラマを撮ろうと思っているんですよ
ね。と来店された監督。やっと糸島でドラマがとってもらえると興奮し
て、原作となる「いとの森の家」を本屋へ買いに走った。


8月の頭、ドラマの制作の方があえて定休日に来店。
うちのお店をドラマのロケ地として使いたいと、丁寧に頭を下げられた。
喜んでお受けし、私にできることであればなんでも協力しますとお伝え
する。

その3日後からロケ地巡りに参加する。
絶対に口外はならないと、ドラマの出演者の候補を聞かされ腰が抜けそうになり、
熱中症で倒れたりもする、熱い夏だった。



例年通り、糸島カレーフェステイバル出品。
その後、8月下旬にドラマのクルーの皆さんが20人くらいやってきて、
店中をヒックリ返しそうな勢いで視察。マルサみたいだった。
ぜひマコさんも応募してくださいと勧められ、人生初のドラマのエキス
トラのオーディションを受ける。


9月に入って、撮影の時の控えの場所になる近くの公民館や自治会館をご
案内。サンセットライブに行って、
糸島クラフトフェスもいつも通り頑張った。

糸フェスが終わったと思ったら、すぐにドラマの制作の皆さんがやれ日程
やら今回のドラマに必要なこんなものあんなものの御相談。
今後のためにと、台本もいただく。書かれたのは大好きな「かぐや姫」を書かれた方。
ワクワクしてページをめくると、あれ?カフェが出てくる。
自宅兼カフェに住む主人公の同級生。
お話の内容も、グッとくるものだった。

さて、この忙しい時にパスポートが切れるから切り替え切り替え!と思ってアクロスに走ったらあと一年猶予があった、、、
こげんあるっちゃんね〜私、、、


さぁ、10月中旬から撮影が始まります。
最初は子役ちゃんたちのお庭の傾斜部分での撮影。
10月だというのにスタッフはみんな半袖で汗だく。
いらしたスタッフの方が、いったい誰が誰なのかサッパリわからない。


ドローン撮影の業者の方が、
お店の看板でできる影の技に気づき
職業柄の視点の違いもあるんだなぁって
妙に感心。

この子役ちゃん撮影の最中、
二丈のおハルさんの家のセットに
猫のゲンちゃん出演のため、現地まで運ぶ作業
これ、大変だった、、、
猫ドアから何度もなんども入らされるゲンちゃん、まぁ名演技だったようで、、、
いや、サスケん家のママも言ってた、ものすんごく疲れたって。うん、疲れた〜

撮影クルーの皆さんは、それぞれ決められたスケジュールに沿って
各々の役割分担を黙々とこなす。
見ていてものすごく気持ちがいい。
一つ一つのシーンをコツコツと作り上げていって作品になっていくんだなぁ
男前な皆さんの姿を生で観れて田舎っぺの私はクラクラしてました。


天候等によって時々変わる撮影日程。
10月の最後の週。
ついにうちのお店がしっかりつかわれる日がやってきました。
言っておきます。こんなに緊張した日はありませんでした。
胃が引きちぎれそうでした。
極度の緊張で首にはポツポツと蕁麻疹すら出ていました。
その上、2件の訃報。
心を体をどこに持っていけばいいのかわからず、どうかなりそうでした。
でも時間って止まらないんですね。


最初の日が一番の山でした。
消え物と呼ばれる撮影中に使われる食べ物の準備。
それも初日が一番大量。
3シーンでそれぞれ飲み物だったり、パーティ料理だったり、宴の後のおつまみだったり、、、
二日前から仕込みだし、当日の朝にはいつでも出せるようスタンバイ。
こんな大変な日に、大物女優さんたちがうちのお店に初めていらっしゃる。
私の精神状態なんて説明のしようもありません。
この日から二日くらいはずぅ〜と胃がちぎれそうなくらいの痛みを伴う
ど緊張。えぇ、いい体験でした。


今までの子役ちゃんがやってきての、少しのほほ〜んとしたムードとは
全く打って変わっての撮影クルーのピリピリムード。
一番くつろげる我が家に、いきなり50人余りの人がやってきて、
ポツンと一人アウェイ状態。どゆこと? 
もう、これ理解するのにすごく時間かかった!
しか〜し、女優さんたちがやってきた瞬間、気が変わった。
彼女たちが舵をとって撮影という海を渡り出した。すごい!
この船に私も乗り遅れてはいけない!
必死で乗り込んでみた。もちろん、一番邪魔にならなさそうな場所にね。


そして始まった撮影。
最初のシーンは、東京からやってきた主人公を、元気に迎えるカフェの店主。
”え? わ!あれ!私じゃん!”
この瞬間、目頭が熱くなり言葉にならない感動を胸に覚えました。

今回の二人の女優さんたち、
役柄の中の彼女たち二人の中にある物が、
私の中にも共通してありました。
主演の彼女がうちのお店に着いて間もなく、プラムの木を仰ぎ、庭を見渡しながら
「ちょっと待って感動してるの、楽園化されている、、、」
そう口から溢れた言葉は私にとって勲章を授かるような心地よさがありました。



撮影の合間、
私には幾つかのミッションがあった。
11/3、うちでの撮影最終日になんらかの形で打ち上げ的な物ができないか?と、
ドラマ制作の方からの依頼。
ふむ、その日は私はまた消え物出さないといけないし、
もしかしたらエキストラ出演。

できるのか?
いや、やっとやっと撮って頂いてる糸島でのドラマ。
糸島でこの男しかいないだろうと、糸島カレーフェスティバルの主催者夫婦に絶対に成功させたいからお願いだから協力してくれと頼みに行ったのは、今思えば随分前だったような気がする。


昼も夜も、いろんなシーンを表現するために照明さんは動く動く。
生きている場所の光の存在って、
とても大事なんだね。
そんなことを改めて感じました。

初日の消え物は大好評で、
シーンに使う3倍の量をそれぞれ用意していたのですが、最後にはぺろりとみなさん平らげてくださり、
たまたま今回ポスター用のカメラマンで来ていたMッキーが、料理のことを上手に褒めてくれたのが嬉しかった。



 消え物大会の翌日は夕方からの撮影。
みなさんが去って行った後の我が家は、
なんだか妙なざわつきが残ってて、
私とパピコは海の見える友人の別荘を借りておいたので、そこでしばし休憩。
ちょっとした旅行気分。





昼のシーンといい、夜のシーンといい
カフェの店主のする事なす事、まるで私自身をカメラで覗き込んでいるような不思議な気分。すごいなプロって。






 11/3にとりあえず予定していたお庭でBBQの打ち上げが、
天候の都合で1日繰り上がるかもしれない。と
日程が変わるかどうかは明日の夜に決定。
さぁて、みんなに連絡しなきゃ〜


















3日目の消え物は、サンドイッチ。
ヒッポーさんのパンに糸島ハムでサンドイッチにぴったりのハムを選んで、彩がいいように緑の野菜とともに紅くるり(赤い大根)も挟みました。もう一つは天上卵の卵サンド。
フルーツは糸島の柿とキィーウィとイチジク。


この日、撮影の日程は変更となり、打ち上げは11/2に。

少し寒さが増した10月の最後の日
糸島新聞社前のシーンで母がエキストラ出演。
応援がてら見学に行きました。
衣装さんが「お母さん、日舞してありません?」とええしてますよ。と答えると「僕打ち合わせさせてもらったことありますわ〜」と、へぇ〜縁だなぁ
この日はうちのお店での撮影はなし。
たくさんの初めての出来事で憔悴していたので、ゆっくり休みました。


さて、うちのお店での撮影はあと二日となり、
月は変わって11月に。
1日は撮影隊の皆さん、夕方からのお越しなので
明日の打ち上げに向けてお肉と新米を調達に雷山の麓へ。
車を走らせていたら染井で撮影している皆さんが見えた。


お昼過ぎから雨が降り出し、寒い日だった。
もう手持ち無沙汰は嫌だと思い、昼過ぎから寸胴鍋に野菜を切っては切っては放り込んでスープを煮込む。
そぼ降る雨の中、窓もドアもあけっぱなしの冷たい木の床の上での撮影。
明日のBBQで出そうと思っていたスープ。
鍋ごと夜ご飯の差し入れにしちゃいました。

いつもいつも大きな声で撮影全体を引っ張っていく演出担当の方が、
明日の打ち上げはどんな感じですか?と訪ねてこられた時の少年のようなキラキラした目。

キラキラした目を見たら急に元気が出てきて、
撮影クルーの皆さんがご飯を食べたり片付けをしたりして、
大きな鍋が空っぽになって帰ってくる間、
明日の打ち上げに向けて料理を二三品、仕込む。
あ〜あと1日か、、、なんか寂しいなぁ


うちのお店での撮影最終日。
朝からは、撮影用朝ごはんの準備。
お昼ご飯で、撮影クルーの皆さんがいなくなったところで
夕方の打ち上げ用のBBQ台やテーブル、食材の設置が始まる。
お昼からは、人生初のドラマエキストラ出演。
あ〜、こんなに何でもかんでもやって大丈夫か?私、、、


打ち上げの準備は、マツボン中心に着々と進み準備万端!
全てが揃ったところで、打ち上げ開始!
総勢60名、トラミーから糸島牛、糸島豚、伊都国地鶏。
一貴山牧場からソーセージ。
陶酔苑からサバ寿司。
糸島市長から牡蠣の差し入れ。
山下くんの美味しいひじきにそうめんのり。
馬場くんとこの美味しい明太子。
観光協会を通じて福吉の水産加工物やさんからも差し入れ。
ヒッポーさんのパンに、雷山の末ずみくんの炊きたての新米。
久保田農園、のぎた平和園の新鮮な野菜。
松園式の美味しい炭酸水


これぞ糸島! といわんばかりの豪華な食事。
あったかくって美味しい物っていいね。
みんなの顔がどんどんほころんでいく〜
制作のHさんからは、過去最高の打ち上げですとお褒めの言葉をいただき、
大満足の糸島クルーでした。

こんな嬉しい顔を見れると、今までのきついのが吹き飛んで
いきなりβエンドルフィンが脳から湧き出てくるわけで、
ちゃっちゃとお皿は洗えるは、片付けが苦にならない。
翌日の片付けもみんなであっという間。
私たちも嬉しかったってことだね。


11/3は、おハルさんのお家での最後の撮影。
今回のおハルさんの家、それはそれは素敵な作りでした。
小さなせせらぎがある山の中にポツンと立つおうち。(まぁどれだけ探したことか、、、)
壁も扉も窓も、どこも可愛くって
お家に入ると、これまたどこもかしこもたまらない。
いつの日か、こんなお家に住みたいな〜って強く思いました。
目指せおハルさんだな。

皆さんでの記念撮影に参加させていただき、
夜は打ち上げにまで呼んでいただいた。
今まで怖いなぁ〜と思っていた皆さんが素敵な出で立ちで
始終ニコニコと話しかけて下さる。楽しかったな
美術さんに、
「今回僕はマコさんの店には一切手を入れたくなかったんだよ。」
と、力を込めて言われた時には、
「あぁ、15年お店をしてきてよかったです。」と言いつつ涙をこらえることはできませんでした。

東京でカフェを営む主演女優さんは、伝えてもないのにうちのお店が使っているコーヒー豆屋さんへピンポイントで訪問。
明日の朝ごはん用に持って帰りたいと懇願されたパン。
仲良しの作家 田代敏朗くんの直筆カードを店の奥から探し出したヘアメイクさん。
彼のカードがあの女優さんたちの元へ届くんですね。
私たちの誇りの糸島の本「ぐる〜り糸島」これを手に、後日糸島をめぐってくれていた出演者。
撮影中、たくさんの皆さんに始終可愛がってもらったパピコ。パピコの敷地内には奉納された軍手や手袋がいっぱいです。笑




今、いろんな場面を思い出しながら咀嚼しています。
一つの物語が出来上がっていく中、
水面下でのスペシャリストたちの素晴らしい働き。
それを目の前で観れたことに感動しています。

宇宙が混乱ではなく秩序で成り立っているように、
全てがこのタイミングだったんだろうな。
ありがとうございました!









2015-04-24

フランスコルマールの旅 金曜日 スイス〜ドイツへ









計算された影♪
どうして積み上げられただけの本がこんなにかっこ良く見えるのか?

やはりこのヤカンは、
永遠のグッドデザインなんでしょうね?
私たち日本人の目にだけは、奇妙に映りました。
きっと他の国の人には奇妙に見えるものがどこかに隠れてるんでしょうねぇ〜


楽しいこどもの部屋を通り越して国!

↑ ラグジュアリ〜 マフィアとかが好きそう〜






敬礼した足長ペンギン。

この椅子、縁側やん!
でも金のオブジェがのるとなんともスタイリッシュ。

紙飛行機のワークショップしてる。

おぉ!ぞうさん!

カエルさん!

黄色のソファなんて
まず選ばない気がする。
でも素敵。

外にはさりげなくエアストリーム。アイスか何か売ってるみたい。







階下はカフェかな。
食べてる人までかっこいいよ〜



未来の素敵な学校。

ライトの数にその電線、こうなるとアート。


カメさん!






くつろぎじゃれ合う娘たち。