2011-03-10

忘れたくない話し


うららかな春の日が続きます。
近所のしだれ梅が宙に浮くように咲き出してきてるし、
空の高いところからはヒバリの甲高い声が聞こえてくるし
毎日の散歩が楽しみです。


先日、いつもよくしていただいている大家さんから
一つのお話がありました。
大家さんは現在は関東で暮らしていらっしゃるのですが、
会社を辞められた後の老後を
うちのお店のあるこの場所で過ごされたいとのこと。
この場所は大家さんにとっては生まれて育った場所、
出張のついでにうちのお店によられると、
ご近所は幼なじみがいっぱい。
これは、日本中探しても彼にとってそんな場所はなく
自分が最後に過ごしたいのはここだろうなと思いました。

こちらへやって来るのは2年後ぐらいを目処にしたいとのこと。

この話を聞いて、
うちのお店にいらっしゃるお客様数人にはこのことを告げました。
これからどうすればいいのか
まさに青天の霹靂といった具合で
今のところ、なんにも見当がつきませんが
きっと何かの形で道は開かれていくのでしょう。

育ててきた庭の木や草花を眺めていると胸がキュンとなり、
店の中のひとつひとつのものに対する物語が頭を駆け巡り
数日、ちょっとボォ〜としました。

このことを人に告げると
寂しがってくださったり、励ましてくださったり。
人の解釈というのはおもしろいものです。


ふと、以前働いていた職場も私と同じようなケースになったのを思い出し
その職場のオーナーに会いにいきました。
“私、二年後に、あそこを出なくてはならなくなりました。”
そう告げると
“やったね、チャンスバイ”
と、元気よく返答され、鳩が豆鉄砲食らったみたいに、私はポカン。
その後、オーナーはうちのお店に来てくださって
改めて激励されました。
今しなければならないことをしていけ。
先のことを考えろ。
自分が何をしたいのかが一番大切だと。


数日後の夜、
その職場の後輩が彼の家族と共に食事にやってきてくれました。
私が今回のあれこれを話すと
後輩がある話しをしてくれました。
あの、以前僕らが働いていた職場が、
最後の最後で地主さんに返すために建物を取り壊し更地になった日のことを。
オーナー初め働いたもの、そこを訪れたものに
数々の楽しみや夢や希望、そして一つのステータスを与えてくれたあの場所。

最後のその時に、ボクはオーナーと一緒にそこにいたんです。
無くなってしまった建物の跡地で、
海を眺めながら、オーナーは言ったんです。
“人は変わっていかな、ならんとよ”
と、
そう言った彼の横顔を見ると
頬を涙がつたってたんですよね。

もう、何も説明はいりませんでした。


時間の流れとともに、人は変わっていって
自分に与えられたハードルを
自分自身で乗り越えなければ何の充実感も達成感もない。
より、深みのある人になれるように
一日一日を大切に生きていこうと思います。
ちっぽけな私だけど、
たくさんの人の思いに支えられて生きているなと、
いつもいつも思います。