2010-04-06

女であること


という、川端康成の本を読んでいます。
寝しなに、50ページずつくらい毎晩何かしら読むのがクセなんです。
読むものが無いと、すごく寂しい気分になります。
読むものが無い訳ではないので、
以前読んだ本を本棚から選んだりもします。
お店でお客様の相手をしなくていい時にもしれーっと読んでます。
いつか死んでいく時には、食べ物なんかより
枕元に花と読みかけの本があると嬉しいなぁと思います。
(それくらい花と本が好きな訳です)

この川端康成の“女であること”は、いつ買ったのか全く記憶になく、
ある晩、それまで読んでいたものが終わってしまって
活字中毒禁断症状になろうとした夜に、ひょっこり本棚から見つけたものでした。

もう、かなり昔にすられた新潮文庫。
もう少ししたら見えなくなるンじゃぁないかなって言うくらいの字の小ささ
(あぁ、これは、年齢的な問題ね)

なにげにページをめくってみたんだけど
まぁ、これがおもしろいこと!
すごいのよ、川端康成って!男のくせにどうしてここまで女の心理描写ができるの?
って感じです。
若い奔放な女の子の描写も
主人がいる大人の女の揺れ動く女ごころも
殺人者の父をもちながら好きな人ができてしまった危なげな娘の心情も
そして、それぞれの女たちのなんとまぁ美しいこと。
きっと、10年前に読んだら、また違った感覚なんだろうなぁなんて思いつつ
いろんな登場人物に感情移入してみたりする。
あ〜、人間関係のドロドロの葛藤が好きな方おすすめです。フフフ
小説なんで、ニヤニヤしながら読んでます。


やっぱり、川端康成や谷崎潤一郎、三島由紀夫なんかの文章が
なんとも官能的で叙情的でひとつひとつの風景が目に浮かんで
わたしはだいすき。

2010-03-20

夢をみた


先日夢をみた。
それは古い神社で自分が結婚式を挙げようとしているもの。
まだ式を挙げる前で、相方さんは腹が減ったと言って中華料理の出前のメニューをみている。
『あぁ、よかった、これでやっと私も結婚できるんだ。
 おばあちゃんに花嫁姿が見せれてよかった。
 これで、両親も一安心してくれる…』
なんぞと思っていたら目が覚めた。

深夜、目が覚めて妙にがっかりした私は
このまんまの感じで生きていくのなら、あんまり長生きしなくってもいいかなぁと、ふと思った。
そういえば、お店に来る40代後半で子供がいない既婚者の男性もそんなことを言っていた。
50代の子供がいない既婚者の女性も、ひとりで老後を過ごすのはいやだから旦那さんより先にいきたいと言っていた。
その人たちが言っていた感覚がなんだか少しわかった気がした。
ニュースでひとりで老後を過ごしている老人なんかをみると妙に切なくなる。
このままいけばそんな風にならないこともない。
子供や孫たちに囲まれて暮らしている人たちはそれがあたりまえ。
だけどそうじゃない人だって世の中にはたくさんいる。
なんなんだろうねぇ 人の人生って


この時期になると小さな子供たちを育てているママたちは
卒園式のことを思うとたまらないと言う。
この”卒園式”というのは母親にとってはたまらないらしい。
これはつい最近過ごした人も、過去に過ごしてきた人も。
はじめて我が子を自分の手から他人のてにゆだねて、
ひとつのくぎりめとしての儀式。
この感覚がわかる日が私にもくるのかなぁ
私の卒園式の時の母はどうだったけって思い出してみたら、
そうだ、兄弟そろって水疱瘡になって自宅謹慎中だった。
涙もなにもあったもんじゃないね。(笑)


いろんな立場のいろんな人の気持ちってのがある。
ふとした折に、いろんな人の気持ちがわかる時ってのがあるもんだ。
まわりの人のちょっとした気分や感情が
素直に聞けて全部は無理かもしれないけれど、
多少の理解ができる人になれたらいいなぁって思ったの。


こんな日記、書いてどうなのと思ったけど
やっぱり、これ読んでいろんな事思ってくれる人がいるかなぁと思うと
まぁいいか、って感じでアップします。

2010-03-03

花が咲くとき


先日、仲良しのご夫婦の家に遊びにいった。
庭には新しく沈丁花の花が植えてある。
その白い花からはなんとも春めいた香りがそこらじゅうに立ちこめている。
沈丁花の横にはこれなんの木?と、聞く二人に
サクランボの木ですよ花が咲きましたね。とこたえる私に
そっか、最近暖かくなったから咲いたんだね〜といいながら
あ、ちがうちがう、と、パリコレにモデルで出たことがあるんだよ〜
というご主人が話し始めた。

花はね、ある一定の寒い期間が過ぎると花を咲かせるんだよ。
あったかくなったからじゃなくって、寒さの長さで花の咲く時は決まってくるんだって。
これはね、人も一緒らしいよ
少しの冬、いわゆる苦労の期間が短い人はそれだけ小さな花。
長い冬を越えた人はそれだけ大きい花を咲かせることができるんだって。

へぇ〜じゃぁ、私は、かなり長い冬を過ごしているから
もう少ししたら、大きな花が咲くかなぁ?
なんてつぶやいていたら
横から奥さんが
もう、咲いてるじゃないマコちゃん!と言われた。

さて、どうなんだか。

この冬を越えて花が咲く話
ちょっとおもしろいな

2010-02-26

morte


昨日、友人のお兄さんが亡くなり
あぁ、わたしも、もし兄弟が、今亡くなったらどんなだろう
そう思うと、彼女の気持ちはいかほどかと辛くなりました。
彼女の口からぽろっと『うちには子供もいないし、できれば私は主人より先に死にたい』と

生きていく中で誰もが避けられない死。
小さい頃は死ぬのがすごく怖かったけど、今はそうでもない。
人より早くに亡くなったほうが、たくさんの人に見送ってもらえていいのかも?
何ぞと考えてみたりもする。
だって今現在ひとりで暮らしてて
このまま、おばあさんになって、ひとりでひっそり亡くなってたりなんかして
誰にも気づいてももらえないほうが寂しい。
どんな風に私は死んでいくんだろう。

私の理想的な死に方は
もうだいぶ前に読んだイギリス人作家の女性の亡くなり方。
名前憶えとけばよかった…

夫を先に見送ったイギリスの田舎に住む老婦人は、ある日世界中の大切な家族や友人にEメールや手紙を送る。
しっかりと人生を楽しんだ彼女はそのことを友人に伝え
心配しないで大丈夫なことを丁寧に伝え
そろそろのような気がするので明日から食事をとらないことを伝える。
そして彼女はゆっくりと何日かかけて亡くなっていく。

こんな美しい死に方ができるように
まずは、これからの人生よね。

2010-02-15

赤いスイトピー


はぁるいろの汽車にぃ乗ぉ〜〜てぇ〜海に〜つれていって〜♪
あぁ、数日前からなんだかこの曲が頭から離れんとです。
いい曲ね、高校時代にはやった…

日曜日の朝、この曲を口ずさみながら、なぜか今日はここなのよねと
最近ご無沙汰の”一番田舎”(いちばんでんしゃと読むのです、産地直売所ね)へ行けば、
ほら、待ってる私のことを、赤いスイトピーが。
ピンクや黄色のスイトピーはよくあるけど赤って意外に売ってないのよね。

こんな冴えさえの日は、一日中調子がいい。
なんと関東の方から電話があり、
ブログを見て牡蠣のオイル漬けを知りました。送ってくださいとのこと!!
うれしぃ!
お店にいらっしゃるお客さんからは
“ここはなんて気持ちがいいの”
”あなたの生きざまがこの店には見えてくる、なんてセンスのいい店なんだ!”
“あんたの笑顔が俺たち近所のモンの喜びやけんね”
はじめていらっしゃる方達やご近所さんから
今日はいったいどうなっているんだろう?
と、思うくらいのべた褒めのされよう…
(こんなことなら、今回の選挙に出てたら、私、当選してたかも…何ぞと思ってしまう(笑))

おもいっきり充実した日曜日を終え
携帯を見ると母からのメール
“素敵なバレンタインを過ごしてますか?”

さて、どんな返辞を書いたでしょう?
みなさまのご想像にお任せします。

2010-02-09

miracle apple


先日、Whiteさんから渡された一冊の本。
ほんの巻頭だけ読んで、“これ私のオッサン番ですねぇ〜読み進めていくのが楽しみです!”
何ぞとお礼とともに告げていたのだが、
いやいや、自分に例えるなんてとんでもない。(いや、こんなふうな人になれたら嬉しいが…)

なんて素晴しい本なんだろう。
久しぶりに私の中で大ヒット!で、読み終わった後に
私のまわりの人、いや糸島市の人、いやいや日本中の人が世界中の人がこの本を読めばいいのに!と思った。
『奇跡のリンゴ』無農薬、無肥料でリンゴを育てている木村秋則さんのお話。
この本の簡単な内容はこんな感じ
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2006/11/post_35ec.html
この本、かなり最先端だと思います。(もう、出版されてから、かなり年月は経ってしまっているけど)
ただの自然農の話しじゃぁないの。

夢を追いかける男の姿。(その楽しさと重さ)
夢を追いかける主人を見つめる妻の姿。
夢を追いかける父親を見ている子供たちの心。
夢に向かう息子に対する、両親、義父義母のすがた。
気狂いじみた夢を叶えようとする隣人を見ている近所の人の姿。
夢を追いかける間にも家族を守り養わなければならない一家の大黒柱の動き、そしてそのまわりの人たちの気持ち。
宇宙人の好きな人
植物が好きな人
安全なものが食べたい人
子供を甘やかさずに育てたい人
世の中のものの味方
田舎の里山の風景が、どれだけすばらしいか
こんなことに興味のある人はぜひぜひ読んでみてください。


ハワイのホ・オポノポノでも言っているゼロの状態
仏陀の唱える空
シェークスピアが唱える空白
キリストが表現するこころが清い状態
こんな風なフラットの状態になった時に人は、
どこにどう足を進めていけばいいのかが、悟りのようにわかるんだよね。
自分さえうちだけよければいいと思わず、
まわりの人の”ハッピー”を考えだした時に人は自然に”ハッピー”になっていく。
これは自然のサイクル。
ノアの方舟にはみんな乗れるんだよ
そんな気分になれる一冊でした。

偉大な人のお話を紹介してくださった、偉大なWhiteさんに感謝♪

2010-02-05

Elegy

















昨夜、エレジーという映画を見た。
歳とった大学教授と親子ほども年の離れた学生コンスエラとの愛の物語。

もう、20年近くにもなろうとしている、イタリアでの生活を思い出した。
品のいい古いつくりの家、
先が見えないほど広い庭、
7つも鍵がある玄関、
でんぐり返しが二回ほどでできそうな大きなバスルーム。
壁じゅうが埋め尽くされた大きな書斎、
ツーシーターの日本のスポーツカー
窓からは手のひらにすっぽり乗っかりそうに小さく見えるフィレンツェの街。
まるで、それは映画の中のようだった。
彼の仕事もこの映画の主人公デヴィットと同じ大学の教授。
私たちは、この映画と同じように親子ほども年が離れたカップルだった。
共通してないのは、お相手の私がぺネロペほどの絶世の美女ではないこと。

この映画を観て、あの頃いつも彼が
“退屈じゃぁないかい?”
と、いつも繰り返し私に尋ねていた意味とか
私がひとりで買い物に行ったり、家でひとりで留守番をしていると 
“今日は、どんなことをしたか全部おしえてくれ”
と、執拗に尋ねられていた意味とか
いつもノーブラで露出魔な私の格好を見て、
出かける時にはべつのに着替えてくれとせがまれたり
そんなことの意味が少しわかった気がした。

あの頃は今よりも、まだまだ幼かった自分だったけど
一生懸命、私なりにあの人のこと愛していたよなぁと
懐かしい気持ちになった。
こんな思いにさせる映画もあるのよね。

2010-02-02

北風と太陽


ここ最近、季節がらのせいだろうか、
“北風と太陽”この言葉が頭を離れない。
このイッソプ寓話は私の大好きな話しであり、
私の人生の歩み方のモットーとしているもの。
北風のように、手っ取り早く乱暴に、なおかつ強引に、物事を片付けてしまおうとするよりも、
太陽のように、ゆっくり着実に行なう方が、最終的に大きな効果を得ることができる。
北風のように、冷たく厳しい態度で人を動かそうとしても、かえって人は頑なになるが、
太陽のように、暖かく優しい言葉を掛けたり、態度を示すことによって
初めて人は自分から行動してくれる。
という組織行動学的な視点もうかがえる。
それに、
北風の突風のように、悪いことは突然起きるけど
ニコニコとした太陽のように、良いことはじんわりしか起きない。

いつも、太陽のようでありたいねぇ〜

2010-01-31

初午の日に向けて


お店の日記にも書いたんだけど、明日2月1日は初午の日。
一年でもっとも運気が高まる日なんだって。

午ってやっぱり強いんだなぁ運気が。
だからその昔、他の干支の人たちはこの運気の強い午年、
特に60年に一回しかないもっとも運気の強い丙午が世の中に出てくることに恐れをなし
自分達の身の安全、(地位とかだろうね)を考えて、
あえて丙午を縁起が悪いということにして迷信を作ったんだよね。

何年か前にもミクシの日記でもこの丙午のこと書いたような気がするなぁ〜
干支ってけっこうその人その人の人柄を表していたりするよねぇ。
ウルウルした目のウサギっポイ人とか
ドッシリッとした虎っぽい感じとか、
すぐにダーーーッてなんでもしてしまうイノシシのような人とか…
私ですか?この筋肉質な体つきとしっぽのような髪型が物語っているように午です、
ハイそれも丙午。(笑)
同級生が集まると濃すぎてたまりません。まわりの人が圧倒されているのがわかる…ごめんね。
丙午は強いからでしょうか、平和主義なんですよ。どうでもいいけんかや戦いが嫌い。
(思い起こせばそうでしょう午のみなさん?)
ダントツ一人勝ちが好き。
だから勝てそうにない戦い、仕事だったりスポーツだったりには参戦せず、
勝てそうなところ、うまくいきそうなところで俄然がんばる。そんな性分だね。
さ、明日の初午の日、午の刻、午の方角にむかってますます運気を高めてみましょうかね〜

2010-01-22

鏡に映るその姿



人はその人が今見えているものがその人自身なんですよね。
うるさく言ってくる人がいて、それをうるさく感じていればそれが自分、
あるモノに対して美しいなと感じる心があればそれは自分。
そういって、楽しい話しが始った。

何年か前に、私がラジオの仕事をしていた頃にお世話になった方が
ニコニコと楽しそうな顔をして久々に来店。
『考えても努力しても不安や悩みが消えないときには、幸運の女神に尋ねるといいんですよね。
 自分でナンにもしないで、一方的に”〜してください”と願望を押し付ける人にはそっぽをむけるけど、
 何か質問されると”それはこうなのよ”と、おしえてしまいたくなるみたいですよ。
 
 未来に起こる出来事や自分の運命を知ったところで、
 自分の目の前にある状況を改善できなければ、
 不安が募るばかりですよね。
 その改善方法もおおしえしますよ』

ヘェ〜、おもしろそう!
さっそくその幸運の女神にいろいろ尋ねてみることにしました。
悩みのない人間なんて、この世に生きている限り、それがない人はないと思うのです。

数日後に、いろんな改善方法をもってやってきてくださった。
いやいや、なるほどなるほど
いろんな角度からの自分が発見でき、納得することがたくさん。
この年齢じゃないと理解できないこともたくさん。
なぜ、私はここでお店をしているのか?
なぜ、私は金属アレルギーなのか?
あのタイミング、このタイミング、いろんな事の謎が解けました。

ま、要は占いなのですが
占いの大事なところは占ってもらったところで”へぇ〜!”で終わるのではなく
そこでいわれるアドバイスをきちんと守るところに改善の作(幸運への糸口)はあるんですよね。
この占い、やってみたい方はどうぞご来店ください。

2009-12-25

クリスマスの夜に


クリスマスに自分へのプレゼントに本を買いました。
ポーモン婦人の『美女と野獣』
この話しもおもしろいのですが、
この話しの次におかれていた『二人の王子さま』
という話しは、とてもわたしの心に残るモノでした。
人は育っていく過程がちがうと、どんなにいい境遇で生まれても不幸だったり、
厳しい試練を耐えぬくとより優しくすばらしい人格が形成されていく。
さまざまな登場人物たちは、あれ、こんな人どこかに…(笑)
童話って、やっぱり奥が深いなぁ
ネットでどこかにのってないかなって探したけど、見つからなかったので
がんばって打ち込んでみました。
わたしからみなさんにクリスマスプレゼント

『二人の王子さま』

 昔一人の王妃さまがおりました。この王妃さまには類いなく美しい、二人の男の子
がありました。王妃さまのお友だちにひとりの仙女がおりました。王妃さまに、この
プリンスたちの名付け親になって、何か贈り物をしてくれるようにと頼まれると、仙
女はこう申しました。
『お兄さんのほうは、二十歳になるまで、あらゆる不幸を味わうだろうね、そこで、
わたしはこの子をファタール(不運な子供)と名付けてあげよう』
この言葉を聞くと、王妃は悲鳴を上げて、仙女にそんな決心を代えてくれるように哀
願しました。
『あんたは自分がなにを頼んでいるか、その意味が分かってないんだよ』と仙女が王
妃に申しました。『もしこの子が不幸な目に遭わなければね、この子は悪者になって
しまうよ』
 これを聞くと王妃はもう何も口に出す勇気はありませんでしたが、ただせめて二番
めの息子のために送るものは自分に選ばせてくれ、と仙女に頼みました。
『きっとあんたは、ぜんぜん見当はずれのことを選ぶだろうね』仙女が答えました。
『でもかまわないさ、あんたが子のこのために頼むことなら、大喜びでその通りにし
てあげるよ』
『お願いですから、この子がしたいと思うことは、いつでも何でも思ったとおりにな
るようにして
ください』王妃が申しました。『つまりそれは、非のうちどころのない、りっぱな人
間になる方法ですものね』
『おそらくそれはあんたの思い違いだと思うけどね』仙女が申しました。『だから、
あの子を申し出のとおりにしてあげるけど、ただし二十歳までだよ』
 このかわいい王子に乳母がつけられました。ところが、三日目になるともう、お兄
さんの王子の
乳母は熱病にかかってしまいました。そこですぐべつの乳母をつけると、今度はその
乳母が足を折ってしまう始末です。こうなるともう、だれひとりこの王子の乳母にな
ろうというものはなく、そばに近づくものもなくなってしまいました。哀れなこの子
供はお腹が空いて、大声でわめきましたが、だれひとりこの子がかわいそうだという
者もおりません。ちょうど、ひとりとても貧乏な肥った百姓のおかみさんが、もし自
分にたくさんお金をくれれば、この子の面倒をみてもいいと申し出たので、王様も王
妃さまも、この女を乳母にして望みどおりのものを与えてやりました。


フォルチュネ(幸運な王子)と名付けられた二番めの王子のほうは、反対にりっぱな
成長ぶりでした。両親は狂気のようにこの王子をかわいがって、上の王子のことなん
かちっとも考えませんでした。ファタールが預けられた乳母は悪い女で、すぐには自
分の家へ帰りませんでした。王子がくるまっていたきれいな肌着を王子からはぎとっ
てしまい、ファタールと同じ年ごろの自分の息子にそれを着せ、この哀れなプリンス
を汚いスカートにくるんでしまいました。そして野獣がたくさん住んでいる森の中へ
王子を抱いていき、食べられてしまえ、とばかりに、三頭のライオンの子といっしょ
に穴の中へ王子を置き去りにしてしまいました。
 ところがライオンの母親は、王子に何の害も与えませんでした。それどころか反対
に王子に乳を含ませてやり、王子がうんと丈夫になるように育てたので、六ヶ月もす
るとひとりで駆け回れるようになりました。いっぽう、百姓のおかみさんが王子とし
て育てていた、おかみさんの息子のほうは死んでしまったので、王様も、王妃さまも
王子はもう死んだものと信じ込んでいました。
 ファタールは二歳になるまでは森に放っておかれましたが、ある日、狩りに来た宮
廷の貴族が森を通りかかって、けものたちにまじって遊んでいる王子に出会ってびっ
くりしてしまいました。その貴族はこの子供をふびんに思い、自分の家に連れ帰ると、
ちょうどフォルチュネ王子の友だちになる子供を探していることを聞いたので、ファ
タールを王妃さまに引き合わせました。フォルチュネには、字を読む勉強をするため
に、先生がつけられておりましたが、先生は絶対に王子を泣かせるようなことはまか
りならぬ、と命令されておりました。前からそれを聞いていた若いプリンスは、本を
取るたびに、わざと泣いてみせるのでした。こんな具合ですから、五年たっても王子
は字を知りませんでしたが、反対にファタールのほうは完全に字を読むこともでき、
そればかりかすでに字も書けるくらいでした。
プリンスを脅すために、先生は、フォルチュネが宿題を忘れたら、そのたびにファタ
ールのほうを、鞭で打ってやりなさい、という命令を受けました。ですから、ファタ
ールはどんなにいっしょうけんめいにおとなしい子になろうとしてもむだで、無知で
たたかれるのを逃れることはできませんでした。
 もとよりフォルチネはわがままで、意地悪だったので、いつも自分の兄さんにひど
い仕打ちをするのでした。もっとも兄さんといっても、フォルチュネはそのことをし
らなかったわけですが。こんなふうにして、二人は十年間を過ごしましたが、このこ
ろになってようやく、王妃は自分の息子の無知を知ってとってもびっくりしてしまい
ました。
『仙女があたしを騙したんだわ』と王妃が申しました。『あたしの息子は、あらゆる
プリンスのうちでもいちばん学問ができると信じていたわ、だって、あたしは、王子
がやろうとすること思った
ことならなんでも成功できるようにってお願いしたんですもの』
 そこで王妃は、この問題について仙女に相談にまいりますと、仙女はこんな返辞を
しました。
『王妃よ、あなたの息子さんには、才能なんか願うより、むしろ善意をお願いすべき
でしたね。あの子はね、悪くなることしかのぞまなかったのさ、そしてそのとおりに
なったのさ、ごらんのとおりにね。』
 王妃にこんな言葉を言ってしまうと、仙女は王妃に背を向けました。
 その間にプリンス・ファタールは学問も心の優しさもすっかり身につけておりまし
た。ファタールは反対されることにすっかり慣れてしまったので、もう自分の意志も
もたず、ただひたすらにフォルチュネの気紛れな気持ちを読み取るように心掛けてお
りました。ところがこの意地悪な王子は、自分よりも優れているファタールを見ると
かんしゃくを起こして、とうとう王妃さまに、もうファタールの顔も見たくない、
ファタールをこの宮殿から追っ払わなければ、あいつを飢え死にさせてやる、などと
申し出る始末でした。
 こうしてファタールは道にほうり出されました。それに王子のご機嫌を損ねるのが
怖いので、だれひとりファタールを迎えてくれる者もありませんでした。ちょうど冬
のことだったので、ファタールは洞窟で一夜を過ごしたものの、寒さのために死にそ
うで、夕食といっても、かわいそうだか
ら、と恵んでもらったひとかけのパンしかありませんでした。
 そのよく朝、ファタールは目をさまして、ひざまずき、お祈りをはじめました。そ
こへ通りかかった旅人が王子の姿を見つけて、心の中でこんなことを申しました。
『この子はきっと正直な少年にちがいない。わたしの羊の群れの番人にこの子を雇い
たいものだな。この子を助けてやれば、神様はわたしを祝福してくれるにちがいない』
 旅人はファタールのお祈りがすむのを待ってこう申しました。
『ネエきみ、わたしのところへきて、羊の番をする気はないかね?もちろん食事のほ
うは引き受けるし、いろいろ面倒も見てあげるよ』
『ぜひやらしてください』とファタールが申しました。『できるかぎりあなたのお役
に立つようにいたしますから』
 このお百姓は大きな農園主で、ずいぶんたくさんの召使いを使っておりましたが、
召使いたちはしょっちゅう主人のものを盗んでおりました。お百姓の妻や子供たち
までそのお百姓をごまかしておりました。ファタールに会って、連中は大喜びで。
こんなことを申しました。
『まだ子供だよ、こんな子供ならあたしたちの思いどおりになんでもやってくれる
だろうさ』
 ある日、細君がファタールにこんなことを言いました。
『ネエおまえ、うちのひとときたらけちんぼでね、あたしにけっしてお金をわたし
無いんだよ。あたしが羊をつかまえるのを見逃しておくれ、なあに、狼が羊を盗ん
だって言っておけばいいだろ』
『奥さん』とファタールが答えました。『ぼくは心からあなたの力になりたいんで
すが、でも嘘をついたり、泥棒になるくらいなr死んだほうがましですよ。』
 細君はその言葉を聞くと、ファタールにとびかかって、ファタールに平手打ちを
くわせ、髪の毛をむしりとりました。ファタールが泣きだしたので、その声を聞い
た農園の主人が、細君に、どうしてこの子を殴ったりしたんだい、と尋ねました。
『ほんとに、この子ったらくいしんぼうなんですよ』と細君が申しました。『市場
へ持って行こうと思っていたクリームを一瓶、今朝この子がなめているところを見
ちまったんですよ』
『あきれたやつだ!くいしんぼうだっていうのはいやしいことだぞ』と主人が申し
ました。そしてすぐに召使を呼んで、ファタールを鞭で打つように命じました。
ぼくはクリームをなめたりしません、とこの哀れな子供がいくら言ってもむだでし
た。みんなこの子供より女主人のほうを信用していたからです。でも、この意地悪
な女にとっては、復讐はそれだけでは充分ではありませんでした。他の召使一同に、
ファタールをいじめるように約束させたのです。
 ファタールは昼も夜も野原に放っておかれて、他の召使たちのようにちゃんとし
た食物を与えられる代わりに、細君は水とパンを届けてやるだけでした。家に戻っ
てくると、細君は家のなかに起こった悪いことを全部ファタールのせいにしてガミ
ガミと言うのでした。ファタールはこの農園主のところで一年ほど暮らしました。
地面に寝て、ひどい食べ物ばかり食べていましたが、ファタールはとてもりっぱな
体格になって、ようやく十三歳になったばかりなのに、充分十五才ぐらいに見えま
した。もちろんファタールはずいぶん辛抱強くなっておりましたので、見当違いの
ことでだれかに怒られても、そう気に病まないようになっておりました。


ある日のこと農園にいると、隣国の王様が大戦争を始める、という噂を耳にしたの
で、ファタールは主人に暇をもらって、その王様の国まで歩いてやっていきました。
兵隊になろうと思ったのです。ファタールはある隊長の部隊に入隊しましたが、こ
の隊長は大領主で、ただとても乱暴な男だったので、みんなに軽蔑されておりまし
た。この意地悪な隊長のもとでファタールはあの農園主の家にいた時よりも、もっ
ともっと不運な目にあいました。ファタールは十年間の約束で入隊したのですが、
たくさんの仲間がどんどん逃げていってしまいました。けれどもファタールは仲間
の例を見習おうとはけっして思いませんでした。ファタールはこんなことを言って
いたからです。『ぼくは十年間奉公するという約束でお金をもらっているんだ。も
し、約束を破ったら、ひとのも
のを盗んだのと同じことになるじゃあないか』
 隊長は意地の悪い男で、他の兵隊を扱うのと同じようにファタールにもずいぶん
とつらく当たりましたが、ファタールは隊長を尊敬する気持ちを捨てることができ
ませんでした。それというのも、ファタールには隊長が自分の義務をつねにりっぱ
に果たしているのがわかったからです。隊長はファタールにいろいろな使いを頼ん
でお金をくれました。そしてファタールは、隊長が戦場に出かけたり、友だちと一
緒に食事をするときなどは、隊長の部屋の鍵を預かることになりました。この隊長
は読書は苦手でしたが、でも自分を尋ねてくる人たちに、自分がひとかどの教養の
ある男だと思わせたかったので、大きな図書室をもっておりました。ファタールは
兵隊としての自分の任務を負えると、仲間の兵士たちとお酒を飲んだり、バクチを
打ったりする代わりに隊長の部屋へ閉じこもって、偉人たちの伝記を呼んで軍人と
しての仕事をいっしょうけんめいに学んだので、もう充分軍隊を指揮
できるようになりました。
 とうとう戦争が始まったときには、ファタールが兵隊になってからすでに七年も
経っておりました。隊長は自分で六人の兵隊を率いて、小さな森を偵察に出かけま
した。そしてこの小さな森に着くと、兵隊たちは低声でこんなことを言いました。
『この悪者は殺しちまわなけりゃいけねえ。なにしろこいつは、オレたちをずいぶ
ん杖で撲りつけたり、俺たちのパンをごまかしたりしているんだからな』
 ファタールはそんな卑怯なことをしないようにみんなを説得しましたが、その言
葉に耳をかすどころか、兵隊たちは、隊長といっしょにこいつも殺っちまえ、と言
って、五人とも槍を構えました。ファタールは隊長の味方になってすばらしく勇敢
に戦ったので、ファタールひとりでこの兵隊のうち四人までも殺してしまいました。
隊長は、ファタールが自分のいのちの恩人だったのをみて、自分が今までファター
ルに下いろいろな意地悪について、許しを請いました。そして、自分の身の上に起
こった事件を王さまに話しましたので、ファタールは隊長に任命され、その上王さ
まに莫大な手当を賜りました。
 新しい任務についても、ファタールは兵隊たちから慕われました。その間に大戦
争が起こって、軍隊を指揮していた将軍が討ち死にすると、兵士もみんな退却し始
めましたが、ファタールは卑怯者として退却するよりは、武器を手にしたまま戦死
するほうがりっぱだぞ、と大声で叫びました。
すると兵隊たちは、口々に隊長を見捨てて逃げたくない、と叫びました。ファター
ルのりっぱな姿がほかの兵隊たちに恥ずかしい気持ちを起こさせ、みなファタール
のまわりに列を作り、勇敢に戦ったので、とうとう敵の王さまの王子を捕虜にして
しまいました。
 王さまは、ファタールのおかげでこの大勝利をえたことを知るとたいへん満足な
さって、ファタールを全軍の総指揮官に任命しました。王さまはファタールを王妃
さまと、娘のプリンセスに紹介いたしました。ファタールはプリンセスを一目見る
と熱烈に彼女を愛してしまいましたが、慎重にこの愛情を心に秘めておきました。
 ところがファタールは、フォルチュネがグラシューズ(優雅な姫)という名のこ
のプリンセスの肖像を見て、グラシューズと結婚したいと思い、彼女に結婚を申こ
込むために大使を送ってきた、ということを知りました。ファタールは悩みに悩ん
で、息も絶えるような心地がしました。ところがプリンセス・グラシューズのほう
では、フォルチュネが卑怯で、意地悪な王子だ、ということを知っていたので、父
上の王さまにあの王子とむりに結婚させないでください、といっしょうけんめいお
願いしたので、プリンセスはまだご結婚なさる意志はない、と大使に返辞をいたし
ました。
 今まで一度も人に反対されたことのないフォルチュネは、プリンセスの返辞が彼
のところへ届いたとき、火のように怒りだしました。王子になにひとつ反対できな
い父君は、しかたなくグラシューズ姫の父君に対して宣戦布告をしましたが、これ
を知った姫がたいそう心配いたしますと、父君はこんなことをおっしゃいました。
『わたしの軍隊の指揮官にファタールがいるかぎりは、打ち破られる心配なんかな
いよ』
 王さまは将軍を呼びにやり、将軍に向かって戦争の準備をするように呼びかけま
した。ところがファタールは王さまの足下に身を投げかけて、わたくしはフォルチ
ュネ父君の国で生まれました、自分の王さまと戦うことはわたしにはできません、
と申しました。グラシューズの父君はたいへんお怒りになって、ファタールにもし
わしの命令に従うのがいやならば、おまえを殺させてやる、反対にもしおまえがフ
ォルチュネに勝ったならば、娘をおまえの嫁にやろう、と申しました。狂気のよう
にグラシューズを愛していた哀れなファタールはあぶなくその気になりそうになり
ましたが、とうとうファタールは自分の義務を果たそう、と決心しました。王さま
にはひと言も言わず、ファタールは宮廷を去り、自分の財産もすべて捨て去りまし
た。


さていっぽう、フォルチュネは、この戦争のため自ら陣頭に立って指揮をとってお
りましたが、四日ばかりすると披露がもとで、どっと病み、床に付いてしまいまし
た。なんといってもいままで一度もからだを鍛えたことなどないので、とてもデリ
ケイトな体をしたいたからです。ちょっと暑かったり、寒かったり、どんなことで
もすぐ病気になってしまうのです。ところが、フォルチュネのご機嫌をとろうとし
た大使が、王子にむかって、わたしはグラシューズ姫の宮廷で、わたしがその昔こ
の宮殿から追っ払ったあの小僧に会いました、なんでも人の話しによると、グラシ
ューズ姫の父君はあの小僧に姫をめあわせると約束なさったそうでございます、と
つげ口をしました。このニュースをきくと、フォルチュネはものすごいいきおいで
怒り、病気が癒るとすぐに、グラシューズ姫の父君を王座から追放するために出陣
し、予のところへファタールめを連れてまいった者には莫大な賞金を取らせる、と
約束しました。フォルチュネは大勝利をおさめましたが、その実、王子は自分が討
ち死にするのが、恐ろしいので自分は戦いませんでした。とうとう敵の首都を包囲
してしまい、いよいよ攻撃をかけようと決心いたしました。ちょうどその前日、太
い鎖に繋がれたファタールが王子のところへ連行されました。というのは、ファタ
ールを探し出そうと、おおぜいの人間を道路に配置してあったのです。サァ、これ
で恨みが晴らせるぞ、といい気持ちになったフォルチュネは、攻撃にかかる前に、
敵の見ている前でファタールを血祭りにあげ、首を打ち落とさせてやろうと、決心
いたしました。
 ちょうどこの日は、王子が二十歳になった誕生のお祝いのために、将校たちにド
ンチキ騒ぎをしてもよいという命令が出ておりました。町のなかに包囲された兵隊
たちは、ファタールが捕らえられ、一時間後にはファタールが首を斬られてしまう、
ということを知ると、ファタールを助け出すか、そうでなければ戦死するかだ、と
悲壮な決心を固めておりました。それというのも、ファタールが自分達の将軍だっ
たあいだ、兵隊たちにほどこした、さまざまな親切を思い出したからです。兵隊た
ちは王さまに町から討って出るお許しをえて、今度は見事に敵をやっつけました。
仙女がフォルチュネにさずけた幸運の贈り物はもう期限が切れていたのです。退却
しようとしたとき、フォルチュネは敵に打ちとられてしまいました。
 兵隊たちがファタールの鎖を解こうと駆け寄りました。ちょうどその時、空にあ
かあかと灯りの輝いた馬車が二輛現れるのが見えました。一輛の馬車には仙女が、
べつの一輛のほうにはファタールの父君と母君が乗っておりましたが、二人ともぐ
っすり眠り込んでおりました、馬車が地上に降りたときになって、ようやく二人は
目をさましました。そして二人は、自分達が軍勢のまん中にいるのを見てびっくり
してしまいました。そのとき仙女は、王妃さまに話しかけて、王妃さまにファター
ルを引き合わせ、そうしてこんなことを申しました。
『王妃よ、このヒーローがあなたの上の息子だということが分かりますか。この子
がさんざん味わった不幸が、この子の、乱暴で、すぐ頭にカッとくる性格の欠点を
直したんですよ。反対に、フォルチュネのほうはね、生まれつきはなかなか性格の
いい子だったんだけどね。まわりの者のおべっかですっかり甘やかされてしまった
んですよ。だから神はあの子が長生きすることをお許しにならなかった。なにしろ、
日一日と悪くなるばかりだったからね。あの子は今しがた討ち死にしたところです。
でもね、あの子が死んだからって嘆くにはあたりませんよ。よおくお聞きよ、あの
子はね、自分がなかなか王さまになれないのにうんざりして、自分の父親を王座か
ら追い落とそうとたくらんでいたところだったんだから』
 王さまも王妃さまも本当に驚いてしまいましたが、みんなが口をきわめてほめそ
やすのをきいておりましたので、心から喜んでファタールを抱擁しました。
 プリンセス・グラシューズも父君もファタールの不思議な身の上話を聞いて大喜
びでした。そしてファタールはグラシューズと結婚し、姫といっしょに永いあいだ、
なかむつまじく暮らしました。というのは、二人の仲は美しい心で結ばれていたか
らです。

2009-12-16

孤独と悲しさの理由


 池沢夏樹 著 『未来圏からの風』

という本の中に、
ダライラマとの対話で
以下のようなくだりがある。





『ダライラマ〜
ある種の精神的な訓練によって、あるいは新しい概念を通じて
より幸福な人間になることができる。
つまり精神的な訓練による内的な心の平和が得られる。
そういうことになれば、外部の力は心の平和にほとんど影響しない。


Q 池沢夏樹 
人の魂はみなそれぞれ塔の上に一人だけすんでいる。
他の人をみることも話すこともできるが抱き合うことができない。
魂は身体の内部に閉じ込められ、魂同士は融合できない。
誰かを愛してもそこには距離がある。
僕の心は誰かの心と解け合うことはない。
これが孤独と悲しさの理由でしょうか?


A ダライラマ
別の角度から…
本当の愛や慈悲はお互いの敬意と愛の上に生まれる。
本当の調和に肉体という隔たりはあまり問題ない。

平和への欲望とか幸福を望む気持ちとか、
あるいは困難に克つ力、問題を解決する力を共有する点では同じ。
それがわかれば、当然、お互いの間に敬意が生まれる。
それを基礎にしてお互いの調和と慈悲をのばすことができる。
肉体の中に捕らえられていることは重要ではなくなる。

逆の場合には肉体同士は近くても、いつも争うことはあるだろう。
大事なのは精神のレベルにおける近しさの方でしょう。』


わたし好きなんですよねぇ〜
このくだり
そう、精神のレベル…

2009-12-15

店休日の会話


どんどん寒くなっていく12月の空
寒いときほど人の心の暖かみがしみるように感じる。

素敵な出会いがありました。
糸島で半世紀、店を繁盛させる流儀をききました。
仕事を持続させるこつをききました。
同じ高校の先輩でした。
きらきらと輝くその人に出会えたので、あまりのうれしさに
そのことをすぐに、率直にその方に伝えました。
”はっきりしてますねぇ〜”
と言われ、
“すぐに伝えないとわかってもらえないでしょう?”
と、とっても嬉しい顔をしてお礼を言って別れました。

きらきらと輝くその人に出会わせてくれた友人に
ここのところすごくお世話になっており
こころから、こころから
”いつもありがとうね”
と、言っていたら
”『この前マコさんに、ありがとうありがとう』
ッて言われて、照れくさくなって、私はナンにも言い返せなかったよ”
と、言う彼女
私は彼女にこう説明した。

ここ最近ね、私は”またいちの塩”のHP http://www.mataichi.info/test/091213/を作る仕事を手伝っているの。
ここを取り仕切っているH君という青年は、
困ったことがあると、すぐに相談にきてくれて私を頼りにしてくれる。
それもうれしいしね、他にもきっと相談相手はいっぱいいるんだろうけどね。
何より私が彼のために、労を惜しまず動きたくなる原動力ッてね
毎回、彼がきらきらとした目をまっすぐにむけて、
もしくは、電話で話した最後に
こころをこめて『ありがとうございます』ッて言ってくれるからなの。
私はそのありがとうが、ものすごく心がこもっているのがわかるし
だからこそ、何でも言ってね、と言いたくなるし、
彼にはたくさんの情報や、とびっきりのすばらしい人を紹介したくなる。
人が動く力ッてそんなモンじゃない?
だからね、こういうイイコトってどんどん伝染させていくといいと思うんだ。
恥ずかしくって返事ができなかったってコトはそれだけうれしかったってコトでしょう?
ならば、次は他の人にしてみてね。

そんな会話が弾んだ
寒空の店休日の楽しいひと時でした。

うれしかったことは、率直になるべく早く伝えたほうが効果が絶大。
でないと、廻りや、相手は、うれしくなかったのかなぁ〜?
あんまり私って喜ばれてない?ッて思うもんね。

2009-12-12

ころあい


ころあい
物事には頃合いッてもんがあるなぁと、つくづく思う。
きのうでもなく明日でもなく“今日!”みたいな…

アサガオの種を一生懸命、秋にまいても芽が出たとして育たないだろう。
どんなに美しいクリスマスのデコレーションも、夏に見たらおばかさん。
とってもおいしいお雑煮も、12月に食べていたら意味が無い。
春にやっと咲くからチューリップはかわいい。
桜の木の下で、夏休みが終わりは無いだろう。
ブリを夏に食べても美味しくないし。


人との出会いのタイミングや
物事が出来上がっていく行程も
宇宙が成り立っているのも
すべて、ある一定の秩序が無ければ美しくなく、成り立つ訳が無い。
ごり押しはいかんね、くずれていく。
そう、何だって頃合いッてもんが必要なんよね。

2009-12-11

柘榴


いっぱいいっぱいになったザクロが弾ける。
中には美しい真っ赤な真っ赤なプツプツの実。
いっぱいいっぱいになったこの実はどこへ行くの?
地面に落ちて、新しい目をだすの?
かわいいあのコの口の中にほおりこまれるの?
それとも、かわいい小鳥たちや小さな動物たちの冬の蓄え?

いっぱいいっぱいになった思いや考えは、自然の流れとともにパチンと弾ける。
その思いはどこでどう消化されるんだろうね?
固い殻に隠されていた、その瑞々しくって美しい赤い実はどこでどう実を結ぶの?
きっと誰かを喜ばすために適材適所に向かうんだろうね。
楽しみ楽しみ

2009-12-04

ないがしろ


夜遅くに車を走らせていたら、こんな言葉が頭をよぎった。
蔑ろ、ないがしろ。
どんな事柄でも蔑ろにすると、そのモノから同じように蔑ろにされるよなぁッて
いつか、仲良しのダイ君が言ってたっけ、
”おれはハート(人の心)を蔑ろにしてたから、ハート(自分が心臓を事故によって患う)から蔑ろにされたんやねぇッて
なんでもやね
友人を蔑ろにすると友人から蔑ろにされる
仕事を蔑ろにすると仕事から蔑ろにされる
食生活を蔑ろにすると食生活から蔑ろにされる
植物に水もやらないで蔑ろにしてると枯れる
料理を蔑ろにすると料理に蔑ろにされまずくなる
身だしなみを蔑ろにすると、ダサクなり身だしなみから蔑ろにされる
自分がいる環境を蔑ろにすると、環境のほうから蔑ろにされる
人の話しを蔑ろに聞いていると、自分の話も蔑ろにされている

あらゆることに当てはまる気がしてきた。

そしてその反対もまたそう
大切にするとどんなことでも、いつか必ず帰ってくる
植物を大切にすると、いつかうれしい新芽が出たり花が咲いたり
友人を大切にすると、暖かくいつも対応してくれたり困ったときににっこり笑って助けてくれたり
大切に仕事をこなしていれば、必ずいつの日かいい思いができたり充実感を感じれる
食生活を大切にすると健康でいられ、自分がうれしく、まわりの人も喜ばすことができる。

云々

今日、久しぶりに出会ったヨーコさんは
いろんなモノを大切にしている人だろうなぁと思った。
なんせ美しい。
この広い福岡で一番きれいな人ではないだろうか
彼女以上に華があって美しい女性には、ここ福岡ではお目にかかったことが無い。
もちろん長い友人である私は彼女が過去にどれだけ華々しく、またどれだけ苦労をしてきたかは百も承知。
あぁ、しかしやっぱり私より10も上の年齢とは思えないあの華々しさ。
少し、はにかんだときの笑顔
廻りの人たちが吸い込まれていっているのがわかり
それを見て、私はまたなんともいい気持ちになった。
私の知ってるヨーコさんは、
すばらしくセンスがよく、廻りの人にいつも声をかけまくり、口がわるくって、ガハハと大声で笑う。
ものすごく美人なのに、全く鼻にかけてない
(芸能人で言うと中山美穂や常磐貴子に似てて口角がすごく高くって笑うと奥歯の歯茎が見えそうなくらい…)
数年前にあったときには少しふっくらしていたんだけど、今回あったらすっかり細くなっていた。
そのうえステージに上がって歌まで歌っている(笑)
自分を蔑ろにしてない!
そんな彼女が大好き
美しい年上の女性を見るとこんなにも勇気がわき元気づけられるもんだろうか。

自分が大切に思うコトを蔑ろにせず、
今一番大切にしなければならないものをその時々で見極め
大切だと思うものは心から大切にして生きていくと、あんな風になれるのかなぁと思いながらの家路だった。
憧れの女性だ

2009-11-28

電飾ツアー

あ〜、まもなくクリスマスですね。
世の中には豊かな家庭があるもんです。
きっと子供たちの喜ぶ顔が見たくってがんばって装飾したのです。
世の中の不況だ不況だっていってる声なんかここには聞こえません。
ただ、明るい家族の笑い声がそこいらじゅうの窓から聞こえてきそうなだけです。
この通りは…

家々の間が電飾でビッカビカのところを発見しました。
道を挟んでお隣さんもお向かいさんもピカピカ。
サンタさんがやってくる、シャンシャン♪とした音がどこからとも無く聞こえてきそう。


いやぁ、それにしてもすごい!お店とか商店街じゃぁなくって普通の家ですよ〜
ディズニーランドのエレクトロニカルパレードがそのまま家になったようだ!

ビビって手が、ぶれとります。

2009-11-25

いいわけ



朝、いつものお米屋さんに玄米を買いにいったら
レジのむこうの私の大好きなカレンダーにこんなコトが書いてあった。


《言い訳がうまくなるほど向上への道が閉ざされていく》


【解説】
失敗をしたり、人の期待を裏切った時、素直に自分の非を認めるのは勇気のいることです。
「自分は悪くない」と、ついその原因を他に求め、言い訳をしたくなります。

言い訳は他人に対してだけではありません。「あれをしよう、これはやめよう」と
強く決意しながら実行できなかった時、「こんな状況だから仕方がなかったのだ」などと
理由付けするのは、自分自身に対する言い訳です。

自分の心の中のことですから、誰に咎められることもなく、簡単に言い訳が通りますが、
この時、向上の目を自ら摘んでしまっていることに気付かねばなりません。

自分に非がある以上、失敗は素直に認め、他人には謝罪を、自分には反省をして、
その辛さをバネにより良い生き方を目指すのが本当の知恵というものです。

目先の楽を求める気持ちが言い訳をさせるのだと知り、
それらを捨て、勇気を持って自分の至らなさに直面し、
一歩ずつ向上の道を歩んで行こうではありませんか。


ふむ、
いい訳ッて便利、だけど結局その場しのぎなのかもしれない。
そのいい訳によって不快になることも、させてしまうこともあるしね。
素直になって、反省心をもつのは大切なことやね。

2009-11-22

おりがみ


お店にちびっ子がやって来て、なんとも和む時間を過ごせて
一緒に折り紙したりやら、小さな彼女が弾くピアノをきいたりしていたら、
自分の小さな時の自分を思い出した。

小さな小さな私は、二歳前にもっと小さな弟ができて、
“お姉ちゃんだからね、お姉ちゃんだからね〜”と言って育てられた。
だから、三歳を前にして二歳十ヶ月の身で自力で幼稚園前まで歩いて通っていた。(保育園のように親が送り迎えするということはありえなかった。まぁ、今にして思えばすごく近所で、大した距離ではなかったろうけど、その頃の私には毎日が大冒険だった。)
お姉ちゃんだから、そんなのは朝飯前なのです。
いきなりやって来た年子で双子のお姉ちゃんなんですから。


お姉ちゃんは優等生でいたかったのです。
いえ、優等生のつもりでした。
我が家は転勤家族、幼稚園の年長さんから小2までは東京近郊の巨大な団地に住んでました。
団地内がABCDと区分けされていて、その中を循環バスが走っているほど。
我が家はC地区で、私はA地区の先にあるピアノ教室に通ってました。
時々はバスを使ったり、歩いていったり。
ある日のことでした。
ピアノのレッスンが終わった小さな私はポクポクと家に向かって歩き始めます。
どこらへんでだったのか憶えていません、プ〜としたのです。
これがいけなかった。
見る見るミが出てきてしまったのです。
本人も予期せぬ出来事。
その日のお召し物は、忘れもしません、ピチピチの赤いショートパンツ。
そこからしっかりミが顔を出し、引力に逆らうこと無く下へしたへと下がっていくのです。
大物の小さな私は動じません。(これが私の本質かな、アハハ)
何くわぬ顔をして、A地区B地区C地区と団地の中のメインロードを歩いて家までこぎ着けました。
あぁ、私の後ろ姿を見たやさしいご婦人方、どうして声をかけてくださらなかった…
泣きそうなおもいを胸に、我が家のテラスハウスにくっついている猫の額ほどの庭に誰にも見られぬように小さくうずくまり(このまま家には絶対に入っては行けないと幼心に思っていた)パートに出ている母が帰ってくるのをひたすら待った。

弟たちとともに帰ってきた母。
とんでもない状態になっている私をはやし立てる弟たち。
すっと、お風呂場に抱いて連れて行ってくれた母。
その後の記憶なし。

あ〜、なんでこんなコトを書いているんでしょう。
いえね、なんとも笑える思い出なんです。
この出来事を、ものすごく鮮明に憶えている私なのですが
これがコンプレックスになった訳でもなく、
辛い思いででもなく
なんか、暖かい思い出なのです。
この時の母の目線や気持ちッてどんなんだったんだろうなぁッて思って。(母、憶えてないかも…うん、ありがち)
小さな頃の自分を思い出して、ちびっ子には接するようにしています。(子供たちのことが大好きだし、それぞれを一人の人間として尊重しているつもりです)
さて、母の気持ちになるというのはどんなもんなんでしょう。
まだ、実体験が無いためよくわかりません。体験したいんですけどねぇ〜、はかない夢だな今んとこ…
はたして、今世では実現するのでしょうか。
楽しいんだろうなぁ〜

2009-11-14

タラップ


日がかげり始める四時頃から、少し肌寒くなる今日この頃。
部屋に暖房を入れ、お客様の足が少し落ち着くと暖かいお茶で一服。
赤いソファーに腰掛け読みかけの本を開く、すると、お決まりのようにウトウトとしてくる。

ほんのわずかな時間なのだけれど、こんなときにこそ夢をみる。
今日見た夢は、全長がわからないくらい大きな船のタラップが船体に引き上げられている。
そのタラップの上の最後尾に私はいて、二人の子供たちがその前にいる。(いや、手をつないでいるのかな?)
グワぁ〜ッと上がって行くタラップから落とされないようにしっかりと柵を握りしめて、まさに船に着くというところで目が覚めた。

ウワ、なんだろこの夢、
気になるなぁと思って、ラッセル・グラントの夢辞典を開いてみた。
まずは、”船”=船は利益のシンボルです。
あ、”フェリー”もある!=フェリーに乗っている夢、フェリーを見る夢はいずれも努力が報われるしるし。おそらく仕事面
そして“タラップ” =あなたにとって転換期を意味。客船のように周囲が華やいだ雰囲気だったら、前途は洋々。タラップを登る夢なら、進歩が期待できます。

ふむ、なんかイイコト起きるのかな♪

写真はmasumiちゃんが撮ったもの
建物の入り口すぐの左の壁に丸い鏡を貼ったり置いたりすると金運アップになるのです。
ついでに右の壁にはると人気運アップです。
で、水という字に見えるすいじ貝は、家を火の難から守ってくれたり魔除けになると言われています。