2009-11-22

おりがみ


お店にちびっ子がやって来て、なんとも和む時間を過ごせて
一緒に折り紙したりやら、小さな彼女が弾くピアノをきいたりしていたら、
自分の小さな時の自分を思い出した。

小さな小さな私は、二歳前にもっと小さな弟ができて、
“お姉ちゃんだからね、お姉ちゃんだからね〜”と言って育てられた。
だから、三歳を前にして二歳十ヶ月の身で自力で幼稚園前まで歩いて通っていた。(保育園のように親が送り迎えするということはありえなかった。まぁ、今にして思えばすごく近所で、大した距離ではなかったろうけど、その頃の私には毎日が大冒険だった。)
お姉ちゃんだから、そんなのは朝飯前なのです。
いきなりやって来た年子で双子のお姉ちゃんなんですから。


お姉ちゃんは優等生でいたかったのです。
いえ、優等生のつもりでした。
我が家は転勤家族、幼稚園の年長さんから小2までは東京近郊の巨大な団地に住んでました。
団地内がABCDと区分けされていて、その中を循環バスが走っているほど。
我が家はC地区で、私はA地区の先にあるピアノ教室に通ってました。
時々はバスを使ったり、歩いていったり。
ある日のことでした。
ピアノのレッスンが終わった小さな私はポクポクと家に向かって歩き始めます。
どこらへんでだったのか憶えていません、プ〜としたのです。
これがいけなかった。
見る見るミが出てきてしまったのです。
本人も予期せぬ出来事。
その日のお召し物は、忘れもしません、ピチピチの赤いショートパンツ。
そこからしっかりミが顔を出し、引力に逆らうこと無く下へしたへと下がっていくのです。
大物の小さな私は動じません。(これが私の本質かな、アハハ)
何くわぬ顔をして、A地区B地区C地区と団地の中のメインロードを歩いて家までこぎ着けました。
あぁ、私の後ろ姿を見たやさしいご婦人方、どうして声をかけてくださらなかった…
泣きそうなおもいを胸に、我が家のテラスハウスにくっついている猫の額ほどの庭に誰にも見られぬように小さくうずくまり(このまま家には絶対に入っては行けないと幼心に思っていた)パートに出ている母が帰ってくるのをひたすら待った。

弟たちとともに帰ってきた母。
とんでもない状態になっている私をはやし立てる弟たち。
すっと、お風呂場に抱いて連れて行ってくれた母。
その後の記憶なし。

あ〜、なんでこんなコトを書いているんでしょう。
いえね、なんとも笑える思い出なんです。
この出来事を、ものすごく鮮明に憶えている私なのですが
これがコンプレックスになった訳でもなく、
辛い思いででもなく
なんか、暖かい思い出なのです。
この時の母の目線や気持ちッてどんなんだったんだろうなぁッて思って。(母、憶えてないかも…うん、ありがち)
小さな頃の自分を思い出して、ちびっ子には接するようにしています。(子供たちのことが大好きだし、それぞれを一人の人間として尊重しているつもりです)
さて、母の気持ちになるというのはどんなもんなんでしょう。
まだ、実体験が無いためよくわかりません。体験したいんですけどねぇ〜、はかない夢だな今んとこ…
はたして、今世では実現するのでしょうか。
楽しいんだろうなぁ〜

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