2006-12-15

記憶喪失


もうかれこれ四、五年前になるだろうか。年末になるとおじさんサーファーのサカキさんとハリーさんがトモちゃんと私を誘ってくれて忘年会をしていた。一次会はトモちゃんの旦那であるチアッチーが勤めていたグリシンへ。そこでだいたい出来上がり、中州の方へのみに出かける。毎年サカキさんはゲイバーへ私たちを連れて行ってくれる。ある年もそうで、カウンターに座って楽しんでいた。12時を回ったくらいからプツっと私の記憶は無くなり、何時間か経って、ふと正気に戻った。”ネエネエ、トモちゃんいいかげん私も歌が歌いたいんやけど〜”と言うと。”もう!マコぴん、さっきからおんなじ曲三回も歌いましたよ!”“エッ?”覚えていない私…では次の会話をっと。“ネエネエ、トモちゃんここのママえらいシャーシーっちゃっちゃけどどうにかならんとかいな?”“もうなに言ってんですか?さっきまでこの店で一番うるさかったのマコぴんですよ!”覚えていない… こんなんばっかり。

2006-12-11

悪魔のような私たち


先日日頃のうっぷんを晴らすため、はるか沖縄にいるユキに電話をした。最近嫌だったことをぐちぐち聴いてもらい、昔話に花が咲いた。十代で私がまだ上京する前にユキとよく小旅行へ出かけた。関西へ行ったときには京都駅に高校の同級生の悪そうだった慶太(当時同志社生)を呼び出し荷物持ちと二人のツーショットの写真を撮るためにシャッターを押してもらっただけでバイバイした。熊本へ行った時は帰りのバス代を貸せと一人暮らしで熊大生の樋口くんからお金を巻き上げバイバイした。ひどいひどすぎる!悪魔のような私たちだった。でも誰も嫌ったりしない。なぜか私たち二人だけが高校の野郎だけの同窓会“ボイガル会”といううのによばれる。こんなんだからつけあがるのよね〜私とユキは…二人でバイトにいってたケヤキ通りの酒屋さんも一緒にクビになった。店に置かれている焼きた当てのパンを知らん顔してこっそりムシャムシャ食べたりしてたもんなぁ。店にきた友達にはガンガン万引きさせよったし。写真はね成人式のものです。まん中はいくよちゃん。ういういしか〜

2006-12-10

気がついた。


きのう、”たけしこうじ”のライブに行って気がついた。この頃バーとかに行ってないってことを。ガッツりと話し込んでべろんべろんになるまで呑んでベラベラ話すってやつをしていないことを。もちろん昨日もバーnoisでは最初にカンパリソーダを一杯飲んで、その後はソフトドリンク。こうなるといいライブもよさが半減する。あー、場所も帰りのことも心配しないで都会ではしごしながら呑みたい!車で帰宅するのに酔っぱらったマサコが助手席にのっている。帰宅時間一時過ぎ、すぐさま二人でビールを飲み始めた。そしてすごく久しぶりに酒の入った勢いでべらべらごくごく。気がつけば三時を回っていた。まぁ、私は呑みはじめが遅かったのでぐいぐいといっておきました。そして、すごく翌日すっきり。やあ〜、やっぱ呑まないかん。呑んでおしゃべりいっぱいせないかん。私はそういう動物だ。

2006-12-06

さばける女


20歳で東京へ行って、バイトして何となく生活してて、母親からやっぱり学校出てたほうが得じゃないっていわれ、美術系の学校を卒業して学校の先生のご主人がやってるデザイン事務所に就職した。場所は代々木。そこで私は真澄ちゃんと出会った。一見、ボーッとしてクラスで仲間はずれにされそうなタイプ。しかし彼女はとびきりセンスがよく、すごく仕事がさばけた。それまで仕事ができる女性と言えばハイヒールカツカツいわせてピタットした服を着ているものだというう私の固定観念を見事に打ち砕いてくれた。話してみると、映画や音楽の趣味もとても合い一緒にいるのが楽しかった。彼女が土曜日は会社に来なくていいよって言うのでその通りにして社長から叱られボーナスがないこともあった。彼女が通っていたから私もフランス語を習いに行った。そのうち彼女はフリーで仕事を始めるようになり、もちろん私も彼女の仕事が手伝えるように会社を辞めた。そうこうしているうちに月日は流れ、私はイタリアへ。帰ってきてみると真澄ちゃんはパリに住んでいた。いまもフランスに住んでいる。フランス人と結婚して子供もいる。また会いたいな。今は日本語ぺらぺらのご主人と翻訳の仕事をしているみたい。写真は彼女がパリにいるときに尋ねて行って南フランスを旅した時のもの。ボディコンよー

2006-12-02

スカロケとバグダッド



先週の日曜日にSKA★ROCKETSとBAGDAD CAFE THE trench townのライブにいってきた。このふたバンドは私にとって特別思いい入れのあるバンドたち。スカロケはサンセットライブをやっていた頃にオリーブレーベルのタカハシさんから福岡になんかおもろいバンドない?って尋ねられて、いますいます、ステージで火吹いたり空手やったり変なスカバンドがありますって紹介した。その頃とは相当メンバーの入れ替わりがあったけどいまも福岡を代表するバンドとしてがんばってる。前回、Voのケンゴくんがステージの上で打ち上げには三人女を抱くぜーッていううから終わってすぐに、ではひとりめお願いします。って言ったら腰引いて逃げて行った。笑える。バグダッドは三人の歌姫たちが歌唱力を上げていた。ステージで”サンセットライブに出たい!お願いしますハヤシさ〜ん!”とマイちゃんがおらんでいた。この後ちょっとどよめきのような笑いのようなのが起こっておもろかった。彼らのスタイルは、私の目から見るととてもサンセットライブっぽいと思われるのですが、数日後に当のハヤシ氏より連絡があり”どう思う?”ってきかれた。わたしは、出演してもらっていいんじゃないって思うのでうすが、彼にはどれも同じ曲に聞こえるらしいのです。でもレゲエのカテゴリーってだいたいがズンチャズンチャだし、似てるって言われてもね〜最近のサンセットライブはロックフェスだよねって以前から仲良くしているミュージションたちは口を揃えて行ってる。まぁ時代の流れってやつですかね。どういうふるいをかけてミュージシャンを選んでいるのかようわからんし。みなみなさんがんばってください。

2006-11-23

Treasure Night


さっき、タニガワくんから電話があった。こんどの日曜日にバグダットカフェザトレンチタウンのライブがあるのでそうぞお越し下さいって。彼らとの出会いはかれこれ4年前のTreasure Nightをやったとき。4年前の年末にイベントをしたいっ!って言う私の誘いに難なく、XAYMACAのミドリさんがのってくれてことは始まった。何もかもゼロからの出発。いや〜女2人でよくやったもんだと思います。時としてあの凄まじいパワーはいったいどこから出てきたんだろうって思う。お金のない私達のイベント。駆けずり回って集めた協賛。バグダットのみんなの宿泊先は我が家。みんな並んで総勢十一名並んで寝てもらったよな〜。お風呂はみんなで入りにいったし。カジャも来てくれた。高津くんも来てくれた。ヨウヘイも演奏してくれた。ヨシヅミくんもまわしにきてくれた。なんか、今思うとすごいイベントだったな〜そしてめちゃめちゃ楽しかった。そしていい経験だった。たくさんの人の愛につつまれてた気がする。またなんかやらかそっと!ふふっ。

2006-11-10

TAICHIとアキちゃん


今日アキちゃんが来た。アキちゃんは太一の妹。彼女が高校生のときにはじめて出会った。まだまだすごく幼いやつと思っていたらなんのことはない私より三つ年下なだけ。太一とは私が高校1年生のときに出会った。彼はサーファーガールのトレーナーの上下を来てよく私の家まで遊ぼ〜ッて誘いにきてくれてた。この人との出会いがその後の私のナイトライフに大きく影響を及ぼす。いろんな人に出会わせてくれた。優しいんだよなぁ、太一は。夜遊びに出かけるのに俺金ないけんって近所の友達に借りにいって出かけたり。悪いこといっぱいした。そんな私たちを高校生をしながら見ていたアキちゃん。マコちゃんむかしと違っていい人。みたいな表現をされた。あたりまえやん!あたしゃもう四十バイ。いい人ぶっとかな。もう、むかしの友人に会うとわたしのナチュラルぶった生活のほんの隙間に垣間見えるむかしの香りを探り出そうとする〜。いい人ばっかりはやってられないもんでこんなところでぼやいてんのよあたしは… アキちゃんと昔話に花が咲いて楽しいひとときだった。写真は太一、カンジ君、シンイチ君、サリー、ザビちゃん…みんなでいった奈多の海。’85or'86くらいかな。若いなぁ。

2006-11-05

最近読んでる本


最近読んでる本です。本はけっこう好きな方です。ジャンルはあんまり問いません。ベッドのサイドテーブルに今読んでる本たちを積み上げているのがすきです。読んでる途中で浮気して別の本を読んだりもします。最近読んでいる本の大半はお客様から進められたもの。星野道夫の死因についての本だったり、五木寛之のポリネシアンセックスの話だったり、テレビで特集があったばかりの白州次郎の本だったり。次にそのお客様とその内容について語り合うのはとっても楽しいことです。ただ最近はつい欲深くなってかしてかしてと言った割には先に進めず宿題がたまっていっている気分。でもそれも本好きとしてはうれしい悲鳴。さ〜て秋の夜長はやっぱり読書よね。読み終わった本を本棚に閉まって、それを眺めていると自分の脳みその中にこいつら入ってるんだ〜ッて妙にうれしくなるんですよね。私だけかな?

2006-11-02

パリ発バルセロナ行き



40日の旅行中、パリからバルセロナへは寝台列車を使った。ユーレイルパスは期間中乗り放題。私たちは一等個室を三人でせしめ列車の旅は始まった。食事は食堂車で給仕さん付きのフルコース。部屋に戻ったらしゃべって寝るしかない。ふとわたしはバーのある車両へ行き、スペイン人の銀行マンにナンパしていただく。言葉は片言の英語。(ちなみに私は酔っぱらうと英語がしゃべれる)これはひとりでおごってもらうのはもったいないと部屋から2人を呼び出し4人で酒盛りを始める。連れの2人は先に部屋に帰り、調子にのってる私はスペイン人と2人深夜までのみふけっていた。その後、部屋に戻りバク睡。翌朝、サヨコがおこっている。”も〜マコやろ〜!ここにゲロ吐いたの〜!”って。“いや私じゃ〜ないよ〜”見ると個室に備え付けてあった小さな洗面台にゲロがチャプチャプ。申し訳なさそな顔して起きてきたクミコが”ごめ〜んわたし〜”よく見るとやつは洗面台に届かず自分のブーツの中や背負ってきたリュックにまで自分のそれをかけてしまっている。旅の途中それぞれ靴は一足ずつ。気分が悪いのを押さえつつもクミコは洗面台から自分のゲロを汲み取っていた。汚れたブーツも掃かねばならぬので一生懸命拭き取っていた。ごめん、つい調子にのってバーに誘って。いつだって私はお調子者のサルなんよ!写真は珍しく三人ショットのバルセロナでの夕食。また、行きたいね〜。

2006-11-01

はじめての海外旅行



23歳のときにはじめて海外旅行に行った。いった先はイギリス、フランス、イタリア、スペインとおまけで返還前の香港。かけた日数40日。同行者、サヨコとクミコ。三人でお揃いのサムソナイトのトランクガラガラいわせて。最初に降り立った場所、ロンドンのピカデリーサーカス。ROCKとPUNKが好きな私たちには外せない場所だった。どうしても体験してみたかったトラファルガー広場での誰とでもハグし会うニューイヤーカウントダウン。カムデンロックのマーケット。エッフェル塔。メトロのコンコースで歌うミュージシャンたち。金をたかるジプシー。オルセー、ルーブル、ピカソ等数々の美術館。ガウディのつくった建造物たち。治安が悪すぎるローマの町並み、枯れていたトレビの泉。ストーンヘンジ、ビートルズのリバプール、さらば青春の光のブライトン。呑んで笑ってけんかして、楽しい旅でした。この話を始めるとフランスからスペインまで行く寝台列車の中での出来事が話したくなる。ユーレイルパスを使っての豪華車両利用。三人での寝台個室洗面付き。ディナーはヴュッフェで給仕付き。窓の外は地中海地方の美しい風景。ときどきは海の上を走っているのではないかと錯覚を起こすようなルート。そんなすてきな寝台列車でことはおこった。…この話は長いんで次回にします。

2006-10-30

ぼや事件


昨日焚き火をしていたら、子供の頃にぼや(といっても小さなもの)を起こしたのを思い出した。埼玉県の松原団地にいた頃、私が小一で弟たちが幼稚園の年長さんくらいのころかな。母は近所のパン屋さんにパートへ出ていた。ある昼下がりに兄弟三人でおなかが好きオーブントースターで食パンを焼くことになった。待っているとオーブンが炎上している。今にして思えば、たぶんタイマーを長くかけすぎてパンが燃えてしまったんだと思います。オーブンからは煙がモクモク。弟たちは火事だー!と言って庭へ逃げてしまう。ここはおねーちゃんである私がなんとかせねば!と私は奮い立ち、なぜか歯磨きする時のうがいコップに洗面所から水を汲んできてオーブンにひたすらかけていた。あぁ、弟たちを守るためなんと私は勇ましかったのでしょう。モクモクはすぐ消えました。なぜかそのすぐ後に私服の刑事さんが来て、なにごとですか?と尋ねられそのことの方にビビった私でした。刑事さんはたまたま近くにいただけなんでしょうけどね…

2006-10-27

お風呂とグランマルニエ


英国人とお付き合いしていたときのことです。彼は私の勤める代々木近辺や品川の駅前まで迎えにきてくれてよく彼の家に泊まりにいってました。彼の家は成田にあり英国からの車の輸入をしていたため毎回いろんな英国車で迎えてくれ成田までの長いドライブは楽しいものでした。彼の家はだいたいの外人がそうであるように古い日本家屋でした。ある日彼の家に着くと彼が温泉に入っておいでといいます。温泉?見てみると、家から少し離れた棚田のところに穴が掘ってありそこにホーローの風呂釜がうめてある。まわりにはかるく竹で柵がしてありアサガオの蔓が少しクッルッと巻いている。お湯のもとは家から長くのびたホース、その先は瞬間湯沸かし器。すごく簡易的ないわば自家用露天風呂なのである。入りましたよ〜。しばらくすると西洋人ならではのスイートさで彼がアイスクリームのグランマルニエがけを持ってきてくれた。それを食し、しばらくしてさっあがろとしたところで私の記憶は無くなりました。二、三時間ぐらいたったでしょうか、気がつくと私は家の縁側に泥だらけで全裸の状態で上に浴衣が一枚掛けてある状態で寝てました。お風呂とグランマルニエの組み合わせはよろしゅうありません。

2006-10-26

RUGGER


写真は吾愛すべきRUGGERであります。過去に何台かの車に乗りましたがこれはとっても気に入って買った車です。ふと妙に錆びとこびりついた苔が気になって久しぶりに念入りに洗車してみました。洗ってる途中にきたヤスコちゃんは”明日雨になる…”とつぶやいて帰っていった。いいんよ。 ラガーの弟分はロッキー、きっと”太陽に吠えろ”を好きだった人がつくったに違いない、とかってに私は思い込んでいる。排気ガス規定で東京大阪ではのれないレアな車。ボロくってあぁなんてかわいいんだろう。こんな車だけどRico Lodriguesも乗せたことあるんだ。やるでしょRUGGER。車ん中にサインもらっとけばよかった。なんてね。この車、かなり遠くからでもアッ!マコさんだ〜ってわかるらしく、しかしとうの私は対外まっすぐ向いて運転しているらしくかなりの方をシカトしているらしい。ごめんなさい。フロントについているウインチは三回人を助けました。もう錆びて動かすのが怖いのでもう私に救助を求めるのは止めてください。雪の日とか早朝とか…外観はかなりいってますが中身はバリバリOKなんですこの車。まだまだ愛していこうと思います。

2006-10-25

TROJAN HMV BOXSET


数日前に小さな小包が届いた。東京にいる弟からだ。中を開けてみて見ると三枚セットのボックスタイプになったCD。少し前に自分がセレクトしたCDがまもなく発売されると言っていた。とりあえずかけてみる。流れ出した懐かしい曲の数々。そう私と弟のminouは20代前半に東京で一緒に暮らしていた。あんまりお金はなかったけど楽しい日々だった。部屋に作ったDJブースで2人で好きな曲をかけて踊ったり、テープつくったり。暇な日曜日にはお互いの好きな絵や写真をコラージュしてパネルにしたり。で、このCDのジャケットはその当時かいたもの。ねーちゃんはおぼえているよ!あのころはレゲエのレコード探して高田馬場、新宿、渋谷いろいろまわったよね。Janett Keyすら売ってなかったもんね。兄弟三人でレゲエ好きだったからいっしょによく出かけたね。毎年恒例のJapan Splash、ASWADやThe Specialsのライブ、KAYA、Kingstone Club、Club Jamaica。兄弟でドレッドヘアーにしたこともあったっけ。で、山手線で英語で日本人から話しかけられたり…音楽ってすごいね、忘れかけてたこといっぱい思い出したよ。ありがと。

2006-10-23

“金曜日の妻たち”もどき


今日さぁ、ふと思い出したんよ、自分の高校生の頃を。なんでかっていうとお店のカウンターで主婦がべらべらしゃべっているのを横目で聞いていたときに…私前にもこんな風景の中にいたことがあったって。そうそれは高校生の頃。よく学校さぼって近所の主婦連中と麻雀したりしていた。タバコぷかぷか吹かしながら。でその頃主婦の彼女たちに流行っていたのが若い兄ちゃんと付き合うというもの。たぶん当時はやっていた”金曜日の妻たち”というテレビの影響が多大にあったと思うのですが、なかなか凄まじいものでした。かろうじて我が両親の夫婦仲がよかった為にぐれはしませんでしたが(?)思春期の私には何か強烈な思いがあったのを今も覚えています。だって近所のおばちゃんがある日子供も夫もおいていなくなっちゃうんだもん。それも何件も。で、いまだにその人たちにときどきばったり会っちゃったりするのよ。むこうは私ってわかってなかったりするんだけどね。人の人生っていろいろよね。あぁ、変なこと思い出した。

2006-10-22

スカ★ロケと遊ぼう


先日珍しくスカロケのイマムラ君から電話がかかってきた。こんどの日曜日にイベントをしますからきてくださいとのこと。自分たちのバンドよりもThe Little Elephantというバンドを見に来ませんか?と。土曜日の昨日はお店の終了時間が9時を回った。すでに会場に行っているマサコにリトルエレファント何時から?って聞いたら9時45分からって言う。いつまでお誘いしていただけるかわからない我が身。車を飛ばしていってきました。連日ライブ三昧。前日の大人っっぽいイベントとは打って変わって、絶対私がお客さんの中で一番年上間違いなし。ヒョエ〜みんな若いよ〜若いこのバンドは陰りがなく元気がいっぱい。アイスコーヒー飲みながら、若いこの踊りを眺めつつ楽しんできました。学生だったスカロケのみんなも大人になったね。帰りにはお客さんにCDのおみやげまである豪華なイベントでした。

2006-10-21

Night Clubingはやめられない




やっぱりナイトクラビングは止められません。楽しかった〜昨日の夜は…親不孝にあるTheVooDooLoungeの7周年記念イベント。入り口からいきなりDennisBovellとJeanBintaに出くわす。つかさずずーずーしい私は楽屋で写真をぱちり。会場は以前の”レゲエ屋”を思わせる雰囲気で懐かし〜い顔がちらほら。そりゃテンションあがりますって。かのDennisがアコギでの演奏には年がいもなくシーバさんといっしょに最前列で観覧。DubsensemaniaのライブもすばらしくDennisは歌で参加した後、自らPAをしだした。もうその音たるや感涙もの。あのパンみたいな手が機械を触ると魔法のように音が変わっていく。その様子が観たいが為にPA前のカウンターテーブルの端っこに腰をおろしてライブと彼の手さばきを観た。ライブの後は終わったら乾杯しようねと約束をしていたPJとのひととき。ラスタカシ君もいっしょにパチリ。最後はPJと厚いハグをしてお別れ。あっというまに五六時間が過ぎていった。もちろん運転手付きで出かけました。ありがとねSO君。あまりに楽しくて興奮したせいか4時に寝たにもかかわらず。朝いつも通りに目が覚めて布団の中でひとりにんまりしていました。楽しさのパワーとはすごいものです。翌日の今日は元気に働いております!すてきなイベントをしてくださったVooDooのみなさんと偉大なミュージシャンに感謝。

2006-10-18

Ruffun'Tuff


今月の14日から渋谷で公開されてるRuffn'Tuff。ジャマイカのレゲエシーンを築いてきたミュージシャンのドキュメントフィルム。九月に東京に行った時、コマーシャルフィルムがクラブで流れていた。去年の秋頃ジャマイカ行って撮ってきたんだよね。観たいな〜。劇場公開初日はコーヅ氏とECさんのトークショー。ゲー、これまた行きたかったな。終わってからとうのコーヅ氏本人より電話があり、リトテンのトキ君やECさんたちと飲んでるもよう。なんかめちゃくちゃ楽しそうな雰囲気。ゲーますます行きたかったな〜。とにもかくにも早く観たいもんです。うちの弟ももう観たみたいで、レゲエ史に残るフィルムと行っても過言じゃぁ無いって言ってた。あぁ、早く観たい。も〜チラシばっかり送ってこないでよ〜。

2006-10-11

みんなしあわせになってね〜!





ったく、うちの店でバイトをするコはみんな結婚することになっている。マリエちゃん、エリちゃん、エミコリン、トモちゃん、あ〜挙げていったらきりがない。そして今回はチカッピ!二年前にはいつもシクシクしていたのに、しっかりと幸せをつかんだもようです。毎回かわいい妹たちの結婚式ではウォンウォンなく私ですが今回も次の日にとんでもない顔になるくらい泣いてました。桜井神社での式も土地の力とお天道様の力を味方に付けてすばらしいものでした。ただ参道でなぜか私は新郎の足袋をはかせていた。チカッピは段取りの悪い新郎に少々ご立腹。笑えました。パーティ会場には神楽のピーヒャラどんどんのお囃子とともに入場。これがまたよかった。たくさんの人の取り柄をそれぞれ出したこのパーティ。ちょっとやそっとの人では現実化できないと思います。ふたりの人柄あっての大お祭りでした。どうぞ幸せになってください。そして心からおめでとう。

2006-09-29

飲酒運転


飲酒運転の取り締まりが厳しくなったこの頃。以前は呑みたい放題呑んで運転していたものです。あれはキャナルシティができたばかりの頃。友人が私の誕生日を祝ってくれることになり、二人でハイアットのバーで待ち合わせニューヨークスタイルキュージンヌでご飯を食べました。友人がごちそうしてくれ、ほろ酔い気分で店を出て次にどこへ行こうかと考えつつ彼女の車に乗り込んだ。地下の駐車場をでるとハイアットとキャナルの前の目抜き道りにでる。路肩に路駐の車がたくさん止まっていて道幅が少し狭い。その道の真ん中には大きな中央分離帯があり、何を思ったか彼女の運転する車は路肩に止まっている車を気にして中央分離帯めがけて加速しだした。駐車場をでて五分もたっていない。気がついたときにはフロントガラスで頭を打ちその当時長かった私の髪がクモの巣状にヒビの入ったその真ん中からべろんと引っかかっている。顔を恐る恐る触ってみると、どうも細かくくだけたガラスが刺さっているようでサボテンのようになっている。となりの彼女は鼻血ダラダラ。おしゃれしていった服は二人とも血まみれ。意識はしっかりしてまして、自分の携帯で救急車を呼びました。当時はこんなことあっても笑い話で済んだもんです。余談ですが、その後母が病院に駆けつけ開口一番、”運転しとったのは男ね?女ね?” 女よと私が答えると、“あぁ〜、男やったらこの機会にもらってもらったのに”と返された。大丈夫?などという言葉はありませんでした。