2006-11-23

Treasure Night


さっき、タニガワくんから電話があった。こんどの日曜日にバグダットカフェザトレンチタウンのライブがあるのでそうぞお越し下さいって。彼らとの出会いはかれこれ4年前のTreasure Nightをやったとき。4年前の年末にイベントをしたいっ!って言う私の誘いに難なく、XAYMACAのミドリさんがのってくれてことは始まった。何もかもゼロからの出発。いや〜女2人でよくやったもんだと思います。時としてあの凄まじいパワーはいったいどこから出てきたんだろうって思う。お金のない私達のイベント。駆けずり回って集めた協賛。バグダットのみんなの宿泊先は我が家。みんな並んで総勢十一名並んで寝てもらったよな〜。お風呂はみんなで入りにいったし。カジャも来てくれた。高津くんも来てくれた。ヨウヘイも演奏してくれた。ヨシヅミくんもまわしにきてくれた。なんか、今思うとすごいイベントだったな〜そしてめちゃめちゃ楽しかった。そしていい経験だった。たくさんの人の愛につつまれてた気がする。またなんかやらかそっと!ふふっ。

2006-11-10

TAICHIとアキちゃん


今日アキちゃんが来た。アキちゃんは太一の妹。彼女が高校生のときにはじめて出会った。まだまだすごく幼いやつと思っていたらなんのことはない私より三つ年下なだけ。太一とは私が高校1年生のときに出会った。彼はサーファーガールのトレーナーの上下を来てよく私の家まで遊ぼ〜ッて誘いにきてくれてた。この人との出会いがその後の私のナイトライフに大きく影響を及ぼす。いろんな人に出会わせてくれた。優しいんだよなぁ、太一は。夜遊びに出かけるのに俺金ないけんって近所の友達に借りにいって出かけたり。悪いこといっぱいした。そんな私たちを高校生をしながら見ていたアキちゃん。マコちゃんむかしと違っていい人。みたいな表現をされた。あたりまえやん!あたしゃもう四十バイ。いい人ぶっとかな。もう、むかしの友人に会うとわたしのナチュラルぶった生活のほんの隙間に垣間見えるむかしの香りを探り出そうとする〜。いい人ばっかりはやってられないもんでこんなところでぼやいてんのよあたしは… アキちゃんと昔話に花が咲いて楽しいひとときだった。写真は太一、カンジ君、シンイチ君、サリー、ザビちゃん…みんなでいった奈多の海。’85or'86くらいかな。若いなぁ。

2006-11-05

最近読んでる本


最近読んでる本です。本はけっこう好きな方です。ジャンルはあんまり問いません。ベッドのサイドテーブルに今読んでる本たちを積み上げているのがすきです。読んでる途中で浮気して別の本を読んだりもします。最近読んでいる本の大半はお客様から進められたもの。星野道夫の死因についての本だったり、五木寛之のポリネシアンセックスの話だったり、テレビで特集があったばかりの白州次郎の本だったり。次にそのお客様とその内容について語り合うのはとっても楽しいことです。ただ最近はつい欲深くなってかしてかしてと言った割には先に進めず宿題がたまっていっている気分。でもそれも本好きとしてはうれしい悲鳴。さ〜て秋の夜長はやっぱり読書よね。読み終わった本を本棚に閉まって、それを眺めていると自分の脳みその中にこいつら入ってるんだ〜ッて妙にうれしくなるんですよね。私だけかな?

2006-11-02

パリ発バルセロナ行き



40日の旅行中、パリからバルセロナへは寝台列車を使った。ユーレイルパスは期間中乗り放題。私たちは一等個室を三人でせしめ列車の旅は始まった。食事は食堂車で給仕さん付きのフルコース。部屋に戻ったらしゃべって寝るしかない。ふとわたしはバーのある車両へ行き、スペイン人の銀行マンにナンパしていただく。言葉は片言の英語。(ちなみに私は酔っぱらうと英語がしゃべれる)これはひとりでおごってもらうのはもったいないと部屋から2人を呼び出し4人で酒盛りを始める。連れの2人は先に部屋に帰り、調子にのってる私はスペイン人と2人深夜までのみふけっていた。その後、部屋に戻りバク睡。翌朝、サヨコがおこっている。”も〜マコやろ〜!ここにゲロ吐いたの〜!”って。“いや私じゃ〜ないよ〜”見ると個室に備え付けてあった小さな洗面台にゲロがチャプチャプ。申し訳なさそな顔して起きてきたクミコが”ごめ〜んわたし〜”よく見るとやつは洗面台に届かず自分のブーツの中や背負ってきたリュックにまで自分のそれをかけてしまっている。旅の途中それぞれ靴は一足ずつ。気分が悪いのを押さえつつもクミコは洗面台から自分のゲロを汲み取っていた。汚れたブーツも掃かねばならぬので一生懸命拭き取っていた。ごめん、つい調子にのってバーに誘って。いつだって私はお調子者のサルなんよ!写真は珍しく三人ショットのバルセロナでの夕食。また、行きたいね〜。

2006-11-01

はじめての海外旅行



23歳のときにはじめて海外旅行に行った。いった先はイギリス、フランス、イタリア、スペインとおまけで返還前の香港。かけた日数40日。同行者、サヨコとクミコ。三人でお揃いのサムソナイトのトランクガラガラいわせて。最初に降り立った場所、ロンドンのピカデリーサーカス。ROCKとPUNKが好きな私たちには外せない場所だった。どうしても体験してみたかったトラファルガー広場での誰とでもハグし会うニューイヤーカウントダウン。カムデンロックのマーケット。エッフェル塔。メトロのコンコースで歌うミュージシャンたち。金をたかるジプシー。オルセー、ルーブル、ピカソ等数々の美術館。ガウディのつくった建造物たち。治安が悪すぎるローマの町並み、枯れていたトレビの泉。ストーンヘンジ、ビートルズのリバプール、さらば青春の光のブライトン。呑んで笑ってけんかして、楽しい旅でした。この話を始めるとフランスからスペインまで行く寝台列車の中での出来事が話したくなる。ユーレイルパスを使っての豪華車両利用。三人での寝台個室洗面付き。ディナーはヴュッフェで給仕付き。窓の外は地中海地方の美しい風景。ときどきは海の上を走っているのではないかと錯覚を起こすようなルート。そんなすてきな寝台列車でことはおこった。…この話は長いんで次回にします。

2006-10-30

ぼや事件


昨日焚き火をしていたら、子供の頃にぼや(といっても小さなもの)を起こしたのを思い出した。埼玉県の松原団地にいた頃、私が小一で弟たちが幼稚園の年長さんくらいのころかな。母は近所のパン屋さんにパートへ出ていた。ある昼下がりに兄弟三人でおなかが好きオーブントースターで食パンを焼くことになった。待っているとオーブンが炎上している。今にして思えば、たぶんタイマーを長くかけすぎてパンが燃えてしまったんだと思います。オーブンからは煙がモクモク。弟たちは火事だー!と言って庭へ逃げてしまう。ここはおねーちゃんである私がなんとかせねば!と私は奮い立ち、なぜか歯磨きする時のうがいコップに洗面所から水を汲んできてオーブンにひたすらかけていた。あぁ、弟たちを守るためなんと私は勇ましかったのでしょう。モクモクはすぐ消えました。なぜかそのすぐ後に私服の刑事さんが来て、なにごとですか?と尋ねられそのことの方にビビった私でした。刑事さんはたまたま近くにいただけなんでしょうけどね…

2006-10-27

お風呂とグランマルニエ


英国人とお付き合いしていたときのことです。彼は私の勤める代々木近辺や品川の駅前まで迎えにきてくれてよく彼の家に泊まりにいってました。彼の家は成田にあり英国からの車の輸入をしていたため毎回いろんな英国車で迎えてくれ成田までの長いドライブは楽しいものでした。彼の家はだいたいの外人がそうであるように古い日本家屋でした。ある日彼の家に着くと彼が温泉に入っておいでといいます。温泉?見てみると、家から少し離れた棚田のところに穴が掘ってありそこにホーローの風呂釜がうめてある。まわりにはかるく竹で柵がしてありアサガオの蔓が少しクッルッと巻いている。お湯のもとは家から長くのびたホース、その先は瞬間湯沸かし器。すごく簡易的ないわば自家用露天風呂なのである。入りましたよ〜。しばらくすると西洋人ならではのスイートさで彼がアイスクリームのグランマルニエがけを持ってきてくれた。それを食し、しばらくしてさっあがろとしたところで私の記憶は無くなりました。二、三時間ぐらいたったでしょうか、気がつくと私は家の縁側に泥だらけで全裸の状態で上に浴衣が一枚掛けてある状態で寝てました。お風呂とグランマルニエの組み合わせはよろしゅうありません。

2006-10-26

RUGGER


写真は吾愛すべきRUGGERであります。過去に何台かの車に乗りましたがこれはとっても気に入って買った車です。ふと妙に錆びとこびりついた苔が気になって久しぶりに念入りに洗車してみました。洗ってる途中にきたヤスコちゃんは”明日雨になる…”とつぶやいて帰っていった。いいんよ。 ラガーの弟分はロッキー、きっと”太陽に吠えろ”を好きだった人がつくったに違いない、とかってに私は思い込んでいる。排気ガス規定で東京大阪ではのれないレアな車。ボロくってあぁなんてかわいいんだろう。こんな車だけどRico Lodriguesも乗せたことあるんだ。やるでしょRUGGER。車ん中にサインもらっとけばよかった。なんてね。この車、かなり遠くからでもアッ!マコさんだ〜ってわかるらしく、しかしとうの私は対外まっすぐ向いて運転しているらしくかなりの方をシカトしているらしい。ごめんなさい。フロントについているウインチは三回人を助けました。もう錆びて動かすのが怖いのでもう私に救助を求めるのは止めてください。雪の日とか早朝とか…外観はかなりいってますが中身はバリバリOKなんですこの車。まだまだ愛していこうと思います。

2006-10-25

TROJAN HMV BOXSET


数日前に小さな小包が届いた。東京にいる弟からだ。中を開けてみて見ると三枚セットのボックスタイプになったCD。少し前に自分がセレクトしたCDがまもなく発売されると言っていた。とりあえずかけてみる。流れ出した懐かしい曲の数々。そう私と弟のminouは20代前半に東京で一緒に暮らしていた。あんまりお金はなかったけど楽しい日々だった。部屋に作ったDJブースで2人で好きな曲をかけて踊ったり、テープつくったり。暇な日曜日にはお互いの好きな絵や写真をコラージュしてパネルにしたり。で、このCDのジャケットはその当時かいたもの。ねーちゃんはおぼえているよ!あのころはレゲエのレコード探して高田馬場、新宿、渋谷いろいろまわったよね。Janett Keyすら売ってなかったもんね。兄弟三人でレゲエ好きだったからいっしょによく出かけたね。毎年恒例のJapan Splash、ASWADやThe Specialsのライブ、KAYA、Kingstone Club、Club Jamaica。兄弟でドレッドヘアーにしたこともあったっけ。で、山手線で英語で日本人から話しかけられたり…音楽ってすごいね、忘れかけてたこといっぱい思い出したよ。ありがと。

2006-10-23

“金曜日の妻たち”もどき


今日さぁ、ふと思い出したんよ、自分の高校生の頃を。なんでかっていうとお店のカウンターで主婦がべらべらしゃべっているのを横目で聞いていたときに…私前にもこんな風景の中にいたことがあったって。そうそれは高校生の頃。よく学校さぼって近所の主婦連中と麻雀したりしていた。タバコぷかぷか吹かしながら。でその頃主婦の彼女たちに流行っていたのが若い兄ちゃんと付き合うというもの。たぶん当時はやっていた”金曜日の妻たち”というテレビの影響が多大にあったと思うのですが、なかなか凄まじいものでした。かろうじて我が両親の夫婦仲がよかった為にぐれはしませんでしたが(?)思春期の私には何か強烈な思いがあったのを今も覚えています。だって近所のおばちゃんがある日子供も夫もおいていなくなっちゃうんだもん。それも何件も。で、いまだにその人たちにときどきばったり会っちゃったりするのよ。むこうは私ってわかってなかったりするんだけどね。人の人生っていろいろよね。あぁ、変なこと思い出した。

2006-10-22

スカ★ロケと遊ぼう


先日珍しくスカロケのイマムラ君から電話がかかってきた。こんどの日曜日にイベントをしますからきてくださいとのこと。自分たちのバンドよりもThe Little Elephantというバンドを見に来ませんか?と。土曜日の昨日はお店の終了時間が9時を回った。すでに会場に行っているマサコにリトルエレファント何時から?って聞いたら9時45分からって言う。いつまでお誘いしていただけるかわからない我が身。車を飛ばしていってきました。連日ライブ三昧。前日の大人っっぽいイベントとは打って変わって、絶対私がお客さんの中で一番年上間違いなし。ヒョエ〜みんな若いよ〜若いこのバンドは陰りがなく元気がいっぱい。アイスコーヒー飲みながら、若いこの踊りを眺めつつ楽しんできました。学生だったスカロケのみんなも大人になったね。帰りにはお客さんにCDのおみやげまである豪華なイベントでした。

2006-10-21

Night Clubingはやめられない




やっぱりナイトクラビングは止められません。楽しかった〜昨日の夜は…親不孝にあるTheVooDooLoungeの7周年記念イベント。入り口からいきなりDennisBovellとJeanBintaに出くわす。つかさずずーずーしい私は楽屋で写真をぱちり。会場は以前の”レゲエ屋”を思わせる雰囲気で懐かし〜い顔がちらほら。そりゃテンションあがりますって。かのDennisがアコギでの演奏には年がいもなくシーバさんといっしょに最前列で観覧。DubsensemaniaのライブもすばらしくDennisは歌で参加した後、自らPAをしだした。もうその音たるや感涙もの。あのパンみたいな手が機械を触ると魔法のように音が変わっていく。その様子が観たいが為にPA前のカウンターテーブルの端っこに腰をおろしてライブと彼の手さばきを観た。ライブの後は終わったら乾杯しようねと約束をしていたPJとのひととき。ラスタカシ君もいっしょにパチリ。最後はPJと厚いハグをしてお別れ。あっというまに五六時間が過ぎていった。もちろん運転手付きで出かけました。ありがとねSO君。あまりに楽しくて興奮したせいか4時に寝たにもかかわらず。朝いつも通りに目が覚めて布団の中でひとりにんまりしていました。楽しさのパワーとはすごいものです。翌日の今日は元気に働いております!すてきなイベントをしてくださったVooDooのみなさんと偉大なミュージシャンに感謝。

2006-10-18

Ruffun'Tuff


今月の14日から渋谷で公開されてるRuffn'Tuff。ジャマイカのレゲエシーンを築いてきたミュージシャンのドキュメントフィルム。九月に東京に行った時、コマーシャルフィルムがクラブで流れていた。去年の秋頃ジャマイカ行って撮ってきたんだよね。観たいな〜。劇場公開初日はコーヅ氏とECさんのトークショー。ゲー、これまた行きたかったな。終わってからとうのコーヅ氏本人より電話があり、リトテンのトキ君やECさんたちと飲んでるもよう。なんかめちゃくちゃ楽しそうな雰囲気。ゲーますます行きたかったな〜。とにもかくにも早く観たいもんです。うちの弟ももう観たみたいで、レゲエ史に残るフィルムと行っても過言じゃぁ無いって言ってた。あぁ、早く観たい。も〜チラシばっかり送ってこないでよ〜。

2006-10-11

みんなしあわせになってね〜!





ったく、うちの店でバイトをするコはみんな結婚することになっている。マリエちゃん、エリちゃん、エミコリン、トモちゃん、あ〜挙げていったらきりがない。そして今回はチカッピ!二年前にはいつもシクシクしていたのに、しっかりと幸せをつかんだもようです。毎回かわいい妹たちの結婚式ではウォンウォンなく私ですが今回も次の日にとんでもない顔になるくらい泣いてました。桜井神社での式も土地の力とお天道様の力を味方に付けてすばらしいものでした。ただ参道でなぜか私は新郎の足袋をはかせていた。チカッピは段取りの悪い新郎に少々ご立腹。笑えました。パーティ会場には神楽のピーヒャラどんどんのお囃子とともに入場。これがまたよかった。たくさんの人の取り柄をそれぞれ出したこのパーティ。ちょっとやそっとの人では現実化できないと思います。ふたりの人柄あっての大お祭りでした。どうぞ幸せになってください。そして心からおめでとう。

2006-09-29

飲酒運転


飲酒運転の取り締まりが厳しくなったこの頃。以前は呑みたい放題呑んで運転していたものです。あれはキャナルシティができたばかりの頃。友人が私の誕生日を祝ってくれることになり、二人でハイアットのバーで待ち合わせニューヨークスタイルキュージンヌでご飯を食べました。友人がごちそうしてくれ、ほろ酔い気分で店を出て次にどこへ行こうかと考えつつ彼女の車に乗り込んだ。地下の駐車場をでるとハイアットとキャナルの前の目抜き道りにでる。路肩に路駐の車がたくさん止まっていて道幅が少し狭い。その道の真ん中には大きな中央分離帯があり、何を思ったか彼女の運転する車は路肩に止まっている車を気にして中央分離帯めがけて加速しだした。駐車場をでて五分もたっていない。気がついたときにはフロントガラスで頭を打ちその当時長かった私の髪がクモの巣状にヒビの入ったその真ん中からべろんと引っかかっている。顔を恐る恐る触ってみると、どうも細かくくだけたガラスが刺さっているようでサボテンのようになっている。となりの彼女は鼻血ダラダラ。おしゃれしていった服は二人とも血まみれ。意識はしっかりしてまして、自分の携帯で救急車を呼びました。当時はこんなことあっても笑い話で済んだもんです。余談ですが、その後母が病院に駆けつけ開口一番、”運転しとったのは男ね?女ね?” 女よと私が答えると、“あぁ〜、男やったらこの機会にもらってもらったのに”と返された。大丈夫?などという言葉はありませんでした。

2006-09-22

REGGAEEという音楽に出会った頃


トップを飾って入った短大をいとも簡単に半年足らずで辞め、当時はやっていたマヌカンというやつを天神の松屋レディースでしていた。ビルの最上階にあるその店の前にはその頃にしては珍しいオープンカフェがあった。そのカフェは店を仕切る壁がなく腰丈くらいの柵でかこってあるだけ。その店のウエイトレスの女の子たちはアルプスの少女ハイジのようなワンピースに白いエプロンをつけて働いていてなんともキュート。その店から流れている曲はおおよそレゲエだった。今でこそ大流行りのレゲエであるがレコードすら売ってるところがないくらいの時代でした。そのヨーロピアンな店から流れてくるレゲエのリズムはなんともちぐはぐで、それが私にとってはなんとも都会的でおしゃれな気がしてたまらなかった。その店でよくかかっていたのがこのアルバム。んちゃんちゃという心地よいビートは当時のにおいすら思い出させてくれます。この頃のなんておしゃれな音楽なんだろうという気持ちがいまだに続いています。都会で聞くとよりいっそう都会的な気がし、田舎で聞けばそれはまた風にのって聞こえる。私にとって不思議な魅力のある音楽なのです。

2006-09-21

ジェーンバーキン


今でこそやっと責任感というものがでてきた私だが、20代の頃にはそのかけらもないやつだった。仕事より優先しなくてはならないものがゴマンとあった。かのジェーンバーキン様にあった時も彼女の講演会たるものの整理券を友人の分までとるために、そそくさと会社は体調不良でお休み。(私が行かねば誰が行く?お休み待ってたら彼女はフランスに帰っちゃう。と言い訳マンサイ)朝からその当時通っていた日仏学館に張り込んでいた。昼過ぎに学館にやって来た彼女を追いかけこっそりたった一枚人がサインをもらっている最中に写真をぱちり。そして勇気を振り絞りサインをねだった。名前は?と聞かれ習いたての仏語でマコですと言うと、持ってきたレコードジャケットにフランス風にMACOへと書いてサインをしてくれた。こういうことがあるとやっぱり会社になんか行かなくてよかった〜と喜んでいた生意気な盛りでした。あ、今でも生意気か…

2006-09-14

鎌倉だより




東京行き2日目は鎌倉へ行ってきました。鎌倉は今年どうしても行きたかったところ。今年まだ寒かったときに、お店のお客さんにそそのかされ興味本位でいった占い。小笹の近くで三十分500円。開口一番占いの先生は私に向かって“かまくら”と言った。その瞬間私にはある鎌倉の景色が目に浮かんだ。いっしょに行ってた友人たちは雪で造ったかまくらを思っていたらしい。占いの先生によると、私は前世でとてもおめかしをして鎌倉でデートをしていたらしい。で、是非行きなさいと…行けば12歳若返ると…これは行かない手はないでしょう。当日朝、弟がレンタカーを調達してきてくれ出発。久しぶりに走る第三京浜は以前と変わらない。懐かしい景色をフロントガラス越しに眺めつつ鎌倉に到着。まさにこれが残暑と言わんばかりのこの日、鶴岡八幡宮近くで車をパーキングに停めとりあえず昼食。この昼ごはんのほんのわずかの時間にパーキングのメーターは1200円を表示しており、我が一行は観光地の駐車代の高さにびっくりする。前の日に弟が鎌倉の知り合いにおすすめスポットを尋ねたところたった一件”瑞泉寺”を推薦された。ならばそこへ行ってみようとナビにお寺の名前をインプットし車を走らせた。まっすぐな道を左に曲がる指示、あともう少しというところで曲がり角が見つけ出せず曲りそこねた。と、そのとたんあの占いの先生が鎌倉と行った瞬間に浮かんだ風景が私の目の前に現れた。私は大興奮!横で弟は”どう?ねーちゃん若返った?”とにやついている。いやいや、神様が導いてくださったのでしょう。すてきな体験でした。ついた瑞泉寺がこれまたすてきなお寺。鎌倉時代からの風情ある見事な庭園にはこの季節可憐な秋明菊とはじめてみる玉紫陽花が花盛りでした。古くから吉田松陰や数々の文豪たちに愛されて来たお寺でした。はたして若返れたかどうかは疑問ですが、私にとってすてきな鎌倉でのひとときでした。

2006-09-13

東京だより


先週金土と東京に行ってきました。一日目はまず弟の家へ。3時にそこをでて浅草界隈をバスに乗って銀座線に乗り込む。さんやのおいちゃんなんかをひさびさに見れて楽しい。明日のジョーの泪橋も通ったよ。とりあえず青山、表参道をぶらつく。あまりに増えたブランド店の数にド肝を抜かれる。ひとりなのでただひたすら歩き疲れる。PM6時、デタミ繋がりで仲良くなったシライ君の働くchaopanic原宿店リニューアルパーティに顔を出す。Skaflamesのオオカワさんも来るかも…ってことだったのですが、次の目的地恵比寿へ。駅前のウエンディーズで弟と待ち合わせ代官山のUNITへ。たまたま大好きなミュージシャンであるビティマクレーンの日本公演(東京のみ)がこの夜にあることを知り、弟に無理矢理チケットをとってもらった。会場内はレゲエミュージシャンの見たことある顔がちらほら。壁にはまもなく公開されるRuffnTuffが流れている。いい時代の音に会わせて美声を聞かせてくれるビティはキュートなイングリッシュマンでした。かっこつけて少しヒールのあるサンダルを履いて闊歩したため足にまめがたくさんできヒーヒーいいながら弟の家にたどり着きました。

2006-08-19

ゲロ第二弾


ご無沙汰いたしました。写真は一般的な私の夕食です。キブンさんと佐予子との雑居生活から卒業してからも、私はしょっちゅう二人の家に行き夕食を作って二人が帰ってくるのを待っていた。ある日も夕食を作って待っていた。二人とも帰ってこない。遅い時間に佐予子の上司から電話がかかり、会社の飲み会で泥酔した彼女をタクシーで送るのでよろしくとのこと。当時キブンさんとの同棲は会社にはオフレコになっていて、私が電話にでてちょうど良かった。べろべろの佐予子帰宅。玄関からトイレへ直行。またもや悪夢!ゲロが〜的を外している!服も汚れている。奥のお風呂まで服を脱がせつつ連れて行く。佐予子がお風呂の間につかさずトイレ掃除…お風呂からあがった彼女をパジャマに着替えさせ(パンツははかせた)ベットに寝せようとしたら、あんたじゃないキブンさんは?キブンさーん!と暴れだした佐予子。あげくの果てには近くに合ったストーブやらなんやら投げつけられた。私は寂しくなりキブンさんに事の次第を書き置きして自宅へすごすごと帰った。いつもは電気がついてるはずの家に戻ったキブンさん。部屋の電気をつけると書き置きが一枚。あわてて佐予子を探すとお風呂の横でぐったり寝ている。あ〜、これは三人のいつまでたっても忘れられない笑い話なのです。三人それぞれから話を聞くのが一番おもしろいと思います。